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その日、渋谷サイキックリサーチは、華やかな色で溢れていた。 赤、青、黄色、白、濃紺、紫紺、オレンジ‥‥‥と、ともかく、華やかだった。 そして、その華やかさの源であるサマードレスの真ん中で、麻衣は、途方に暮れていた。 「こっちはねー、色はちょっと派手だけど、仕立てがよいのよ。こっちのモスグリーンはね、ほら、このフリルが可愛いの」 誰か、助けて、と、麻衣は、切実に思った。 だが、残念ながら、助けてくれる人は、そこには居なかった。 「やー、どれも素敵ですねー」 安原さんは、絶対に、味方じゃないし。 リンさんは、さくさくといつものように資料室に入ってしまって、出て来ない。 「どれも、素敵ですわ。ちょっと麻衣には大人っぽいかもですけど」 そうして、後に残された、真砂子と綾子は今回の一件の首謀者たちなので、助けてくれるわけがない。 四面楚歌。 孤立無援。 思わず、いやな四文字熟語が、脳裏に浮かんだ。 せめてぼーさんが居てくれたら、と、麻衣は思った。 だが‥‥‥きっと、居てくれても、止めるのは、無理だろうなー、と、すぐに、思い直した。 滝川は、麻衣には大変甘くて優しい人だが、いつもはとてもとても頼りになる人だが、こーいう時は、綾子に、絶対に、勝てない人だ。むしろ、言いくるめられて、巻き込まれていることことが多い。 そーなると、助けを期待できるのは、ここに来る可能性がある人は、いつもにこにこ金髪の牧師さまか、お篭もり部屋の所長さまか‥‥‥。 (‥‥‥‥‥‥無理) どっちも無理だと、麻衣は、また、すぐに、思い直した。 対応はかなり違うだろうが、まさしく、両極端だが、結果だけは、分かっている。なんだか、それって、虚しい、と、麻衣は、黄昏れたくなった。 「麻衣、どれにする?さくさく決めないと私が決めちゃうわよー」 ぜひそうして下さい、と、麻衣は、言いたかった。 だが、それも、怖い。 なんだか、予想も付かない格好をさせられそうだ。 そもそも、その、手に持っている、大胆にもほどがあるほど背中が開いているドレスは、誰に着せるつもりなんだろうか! 可愛いのは、認める。 ものすごく可愛いドレスなのは、認める。 だが、それとこれは別であって。 (‥‥‥な、なるべく、じ、地味なのを‥‥‥) 麻衣は、あわあわ、と、ドレスを見回した。 そうして、愕然とした。 考えてみると当然ではあるが、派手好みの綾子の昔のドレスに、地味なものは存在しなかった。中には、綾子の友達が貸してくれたのもあるそうなのだが、類友らしく、どれもこれも派手だった! (‥‥‥わー、どうしようー) なんでこんなことに、と、麻衣は、思った。 そうして、たぶん、数時間後には、逃げられずに、予想もつかない格好をしている自分を思い浮かべて‥‥‥ふるふるふるふるふる、と、震えた。 (‥‥‥わー、どうしようー) どうしてこんなことに、と、麻衣は、混乱しつつ、強く、思う。 そうして、好意だと分かっているが、元依頼人が、ガーデンパーティに招待してくれたことさえ、ちょっぴり恨んでしまいそうだった。 ごくごく内輪の。 親しい人だけを呼んだ。 小さなパーティから。 気軽な格好で大丈夫。 と、確かに、依頼人は、そう、言ったのに。 そのパーティに出席したことのある綾子に、聞いたら、なんだか、えらいことを言われて、しかも、それが、当然だと言われて、目が、ぐるぐるした。 でも、そーいえば、元依頼人は、箱入りの元おぼっちゃまで、いや、いまは、素敵なおじさまなんだけど、でも、常識が、かーなーりー麻衣とずれていたなぁ、などと、納得もできた。 ならば、場違いな場所への招待は断ることも考えるべきなのに。 いや、考えたのだけど。 なんか、勿体ない、と、絶叫されて、あとは任せなさい、と、言われて、心強いけど、嬉しかったけど‥‥‥でも。 「あ、これ、似合いそう。可愛いわねー。麻衣は、背中のラインが綺麗だから、この形がいいかもね」 その、後ろがほとんどないピンクのドレスを、私に着ろと? いや、可愛いけど、可愛いけど。 でも、明らかに、なにかが、間違ってないだろうか? 似合わない。 絶対に似合わない。 (‥‥‥わー、どうしようー) 逃げたいよー、と、麻衣は、切実に思った。 あんなドレスを着てパーティーに出席する自分なんて、全然想像できなくて、ちょっと、いや、かなり、怖かった。絶対、なんか、ぼけをかましてしまう、と、断言さえできる。 「麻衣、ちょっと、なんで、泣きそうな顔してるのよ。あんたも楽しみにしていたじゃないの。大丈夫よ。こんなの、慣れよ、慣れ」 「そうですわ、麻衣。慣れてしまえば、なんてことありませんわ。‥‥‥もう、だから、お揃いで着物にしましょうって言ったのに。着付けもしてあげましたのに」 そうしておけば良かったかも、と、麻衣は、いまさらながら思った。 着物よりはドレスの方が楽だし涼しいわよ、と、唆されて頷いた自分が憎い。 (‥‥‥わー、どうしようー) だが、いつまでも、うじうじしている時間などないのも確かなのだ。 招待してくれた元依頼人も楽しみにしていてくれるらしいし、こんなに用意して貰って、直前キャンセルなんか、絶対に、できないし。 (‥‥‥わー、わー、わー) --------‥‥‥‥‥‥カチャ。 ぐるぐるぐるぐるしながら、麻衣は、立ち尽くしていた。 そうして、 「‥‥‥なにをしている」 真後ろからの低い声に尋ねられて、びくう、と、震えた。
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その日、ナルは、いつも通りの日常を過ごしていた。 だが、紅茶を頼みに所長室から一歩外に踏み出して‥‥‥。 いつもとまったく違う光景を見せつけられた。 事務所内は、鮮やかな色の群れに占領されていた。 そして、いつもは、笑顔の麻衣が、泣きそうな顔をして、ナルを振り返った。 どうしたらよいのかわからない、なんとかして、と、顔に書いてあった。 馬鹿な奴だ、と、ナルは思った。 前回の調査の依頼人から届いた招待状については、ナルも、勿論、覚えていた。 当然、ナルは、出席するつもりはなかった。 ばかばかしいからだ。 だから、すぐに、断った。 だが、麻衣は、周囲に唆されて、招待を受けていた。 それは、それで、別に、好きにすればいい、と、思っていた。 だが、ナルを巻き込もうとするのならば、話は別だった。 「あら、丁度良いところに。ナル、麻衣のドレス、選んであげてよ。この子、選べなくて困っているのよ」 「‥‥‥なぜ、僕が?」 「細かいことは気にしないでよ。可愛い調査員の為じゃない。選ぶだけじゃない。それぐらいできるでしょう?博士なんだから」 ナルに絡んで来たのは、当然だが、麻衣ではない。 麻衣の姉代わりの松崎綾子だった。 彼女が、ナルにさせようとしていることは、馬鹿馬鹿しいことだった。 麻衣のドレスを選ぶなんて、そんなことは、無駄の極みだった。 そもそもナルがそんなことをするわけがない、と、彼女は知っているはずだ。 なのに、どうして、そんなことを言い出すのか。 そして、どうして、探るような期待するような眼差しで見るのか。 彼女は、なにを、ナルに求めているのか。 (‥‥‥‥‥‥無意味だ) 考えることすら意味がない、と、ナルは思考を断ち切った。 そうして、馬鹿馬鹿しい、と、背を向け‥‥‥。 向けるはずだったのに。 視界の端で、泣きそうな顔が、見えた。 先程よりも、もっと泣きそうな、捨てられた犬のような顔が。 そう認識した途端、声が、漏れていた。 「‥‥‥‥‥‥赤」 馬鹿だ、と、ナルは自分自身をあざ笑う。 だが、留めることはできなかった。 「右端の赤のドレス」 「え?」 「え?ええ?」 「これ?」 戸惑う声を聞き流して、ナルは、今度こそ、背を向けた。 そうして、それ以上の質問を断ち切るために、所長室の扉を、閉めた。 --------馬鹿馬鹿しい。 すべてに対して心中で毒づきながら。
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