‥‥‥‥‥‥‥tamago2

 

 

 そこは、闇の君の城。

 絶対の静寂と闇に満ちた、場所。

 だった‥‥‥‥‥‥。(過去形)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の目覚め〜天の卵2〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みーどりーのもーりは、とーてもふーかくーみーどりーのもーりは、やーみのもりー。やーみのきみーがねむーるばしよーなにーものもーたちいれぬー。やーみのきみーはやみのーおうーふかいーふかいーねむりーについているー。だーれにーも、ねむーりをさますーことはできぬー。みーどーり‥‥‥」

 不意に、気の抜けるような声が途切れた。

 正確には、口の中に、食べ物を突っ込まれて強制的に口を封じられた。

 そして、闇の城は、再び、ほんの少しだけ静寂を取り戻した。

 ‥‥‥ほんの少しだけ、であるが。

 もぎゅもぎゅ、と噛むこと数回。

 甘い果実を、ごっくん、と呑み込んだ小さな生き物は、また、ぱかん、と口を開けた。そして、また、そこに、小さく切り分けられた甘い果実が、ぽん、と放り込まれる。繰り返されること、数十回‥‥‥。

「おなかいっぱい。もういらない。ごちそーさまでした」

 元気の良い声と共に、親鳥と雛のようなやりとりは終了した。

 そして、親鳥役をなぜか押しつけられた青年は、それで、と尋ねた。

「それで?」

 しかし雛は、白い羽根をぱたぱたさせて、首を傾げた。

 腹が膨れて眠そうである。

 青年は、頭痛を感じつつ、もう一度、尋ねた。

「それで、どうして、ここに来たんだ?」

 怒鳴りつけたいが、そんなことをしたら、小さな生き物の隣りで寝そべっている獣が、唸り声を上げるだろう。

 獣の主は彼のはずであった。

 だが、彼が、小さく愚かな生き物を獣から救い出そう、と森に降り立つと、そこには‥‥‥。

 顔をべろべろ舐められて笑い声を上げる小さな天使と、主のはずの青年を見付けた途端に威嚇する獣が居たのだった‥‥‥。

 そして、腹が空いた、と訴える小さな天使を、なぜか、どうしてか、城に連れてくることになってしまったのだった。番犬付きで。

「だからね‥‥‥みーどりー‥‥‥」

「歌わなくていい。簡潔に答えろ」

「かんけつ‥‥‥かんけつ?」

「簡単に」

「えええええと‥‥‥だれにもおこせないの。だから、だいじょーぶ」

「‥‥‥‥‥‥」

「おれがふーいんしたからーぜったいにだいじょーぶ、だって」

「馬鹿かおまえは」

「うん。あたしは、おばかさんだよ」

「‥‥‥‥‥‥」

「かわいいーおばかさんーって、あーちゃんがよぶのー。あーちゃんはきれいでーごはんがおいしくてーいいにおいがしてーだいすきー」

 青年は、沈黙した。

 そして、深々と吐息を吐き出した。

「‥‥‥それで、おまえは、なんのためにここに来たんだ?」

「たーちゃんが、あたまいたたたたたーなの。くぷぷのみがあれば、いっぱつぎゃくてんでらくしょうなのにっていったから、とりにきたの」

 にっぱあ、と笑みを浮かべて天使は答えた。

 その言葉を聞くために、延々と歌を聞かされ、親鳥役を押しつけられた青年は、再び、地の底まで届きそうな吐息を吐き出した。

 どうしてその言葉がさっさと出てこないんだ、と怒鳴りたいが、ぐっと堪える。

 彼は、子供の泣き声が大嫌いだった。

 それに泣かせた場合、隣りで眠ったふりをして聞き耳を立てている番犬が、襲いかかってくる予感を感じる。

(‥‥‥馬鹿犬め)

 番犬ごときに負ける彼ではないが、わざわざ事を荒立てるのも馬鹿らしい。

 しかも‥‥‥クププの実ごときのせいで‥‥‥。

 彼の記憶によれば、あれで作れる薬は一種類のはずだ。

 頭痛薬などではない。

 調子に乗って酒を飲んだ愚か者のための、つまりは二日酔いの薬である。

「‥‥‥それを取ってこいと言われたのか」

 小さな生き物は、目を瞬いた。

 こんな小さな生き物が、森に入ったら、出て来られるわけがない。それが分かっていて入れたのなら‥‥‥それは‥‥‥。

「ううん。あーちゃんはほっとけって。ことしのくぷぷのみのぜんぶをつかいきったばかものにはーてんばつだってーでも、あたまいたたたたた、でとってもかわいそうだから、とりにきたの」

「‥‥‥なぜ、ここに生えていることを知っている?誰が教えた?」

 天使は、満面の笑みを浮かべた。

「ぬすみぎきー!」

 なぜそんなことを嬉しそうに叫ぶのか、彼には謎だった。

「かくれてこっそりきくのーどきどきして、たのしーよ」

「‥‥‥そうか」

「みつかったら、ごめんなさいーっていうのー」

「‥‥‥‥‥‥」

 彼は、また、吐息を吐き出した。

 もうなにもかもどうでもいい、と吐息が語っていた。

 疲れ果てた主の姿に、番犬はちょっとだけ哀れみを込めた視線を向けたのだが、青年がその視線に気が付くことはなかった。

 

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