‥‥‥‥‥‥‥finish - after2
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唐突過ぎる同居生活が始まって半月、麻衣は、未だに、誰にも引っ越ししたことを話してなかった。そのうち話そう、と思いつつも、沸き上がる騒動を考えて、ついつい、ついつい、話そびれていた。 が、そんなことがいつまでも赦されるわけがなかった。 同僚に越後屋が居る限りは‥‥‥‥‥‥。
「そういえば、谷山さんの住所が変わったんですよね」
あの事件以来久しぶりに皆が集まって始まったお茶会の最中、安原はさりげなく爆弾を落とした。威力は、綾子特製のマドレーヌを麻衣が落とすほどである。 「‥‥‥‥‥‥や、安原さん?」 なんのことかな、とごまかそうとした麻衣だが、満面の笑みを浮かべた安原を見て、ごまかすのは無駄だと悟った。 安原がほぼ全員が揃ったお茶会で言い出したからには、確実に、裏が取ってあるに違いない。ごまかすのは不可能だ。 この席にナルが居ないのは、幸か、不幸か。 (‥‥‥‥‥‥居ない時を狙った‥‥‥とか?) ありうる。 騒ぎは大好きだが問題は起こさない越後屋の、微妙なさじ加減というやつだろう。ありがたいが‥‥‥ありがたくない。 「麻衣、引っ越ししたのか?言ってくれれば、荷物を運んでやったのに」 水臭いぞ、とちょっと拗ねているおとーさんは、それでも、内心は安堵していたりする。麻衣の部屋は防犯上、色々と心配だったので。 ちなみに、暢気なおとーさん以外は、沈黙している。 言葉より雄弁な視線に晒されて、麻衣は、顔を赤くして俯いた。 (‥‥‥‥‥‥うええええぇぇぇぇん‥‥‥‥) 逃げ出したい! だが、逃げ出すわけにもいかないのだ。 「‥‥‥‥‥‥麻衣?どーした?それで、どこに引っ越ししたんだ?」 嘘はいえない。嘘は。 それに、すぐに、ばれるし。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ナルの所‥‥‥‥」
おとーさんは瞬時に石化した。 「ちょっと、麻衣、どういうことよ」 「‥‥‥勿論、詳しく話して下さいますわよね?」 麻衣は、視線をさまよわせた。 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥どうしても?」 綾子と真砂子は仲良く声を揃えて、にっこり脅した。 「「どうしても!」」 そして、十分後には、同居に至るまでの、あまりにあんまりな経緯(いきさつ)がすべてばれてしまったのである。 「‥‥‥‥‥‥さすが、所長‥‥‥と言うべきですかね‥‥‥」 衝撃から一番最初に立ち直った越後屋の笑みも、少し、ひきつっている。 他の面々はまだ、固まったままである。 とくにおとーさんはそのまま、さらさら、と砂になって崩れてしまいそうだ。 「でも、リンさんは最初からご存じだったんでしょう?」 突然話を振られた寡黙なメカニックは、息を止めた。 「‥‥‥え、そうなの?」 麻衣は、目を丸くしてリンを振り返る。 「だって、谷山さんが所長のマンションに引きずり込まれた時、リンさんも一緒だったはずですし、所長の部屋に荷物が運び込まれていることもご存じだったはずですし‥‥‥その後、移動しなかったことも‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥安原さん‥‥‥その言い方‥‥‥」 「事実ですよねぇ」 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 確かに、事実ではある。 「リン、なんで、ナルの暴走を止めなかったのよ!」 おかーさんが抗議するが、リンは吐息混じりにさらりと交わした。 「‥‥‥止めても、無駄ですから」 「無駄って‥‥‥」 「あ、確かに、無駄ですね。揉めるだけ揉めて、結果は同じでしょうね」 確かに無駄である。 あの時、リンが止めて、おとーさんが乱入したら、揉めるだろうが、結局は収まる所に収まったに違いない。いままでの数え切れない実例が、間違いない、と確約している。 「‥‥‥‥‥‥そーね。確かに、無駄ね」 「‥‥‥‥‥‥そうどすなぁ‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥揉めるだけ体力の無駄ですわ」 一人を除いて、全員が納得した。 「それに‥‥‥谷山さんのアパートは、確かに、色々と問題がありましたし」 「あ、それ、分かります。僕も色々と調べさせて貰ったんですが、あの辺、最近、物騒なんですよ。霊関係は護符でなんとかなっても、生身の人間には効きませんからねぇぇぇぇぇぇぇぇ」 誰もが納得する中、低い低い声が、ぼそりと告げた。 「‥‥‥‥‥‥だからってだまし討ちはいかんだろうが‥‥‥」 唐突に復活した滝川は、麻衣の肩をがしり、と掴む。 「麻衣、おとーさんには素直に言え!生活能力皆無なあいつと暮らすのは、大変だろ?」 「うん、大変。最初はね、なんか騙されたような気がして、ちょっと困った」 「だろ?」 「でも、丁度、アパートの更新時期だったし‥‥‥ま、いいか、と思って」 「‥‥‥‥‥‥麻衣‥‥‥‥‥‥」 「ぼーさん、大丈夫だよ。本当に嫌になったら、ぼーさん達に相談するから」 満面の笑みは、助けてくれる、と信じてるからこそ浮かべられるものだ。 「‥‥‥‥‥‥ちゃんと相談するんだぞ‥‥」 「うん。その時は、よろしくね‥‥‥」 娘を嫁に出す気分を満喫中の滝川は気づかなかったようだが、周囲の者は、ものすごく嫌な考えに囚われていた。
「‥‥‥‥‥‥更新時期‥‥‥わざとね」 「‥‥‥‥‥‥絶対ですわ」 女二人が断言する横で、越後屋は、ぱむっ、と手を打った。 「ああ、僕としたことが、大切なことを言い忘れてました。駄目ですねぇ」 そして、満面の笑みを麻衣に向けて、追加爆弾を落とす。
「ご婚約おめでとうございます」
再び停止した面々を、安原は楽しそうに見回した。 「おめでたいですねぇ」 「なななななな、なんでっっっっっ!」 「ばればれですよ、谷山さん」 「で、で、でも」 慌てる麻衣の指に指輪はない。 だが、それぐらいで騙される越後屋ではない。 「所長とお揃いの鎖ですよねぇ」 はうっっっ、と麻衣は首もとを押さえて後ろに引いた。 その首もとには、ある日を境に、銀のネックレスが輝いている。 勿論、その先には、安原の推測通りの、シンプルなデザインの婚約指輪が‥‥。 「麻衣、本当なの?」 「黙っているなんて、酷いですわ」 逃げる麻衣を再び追いつめるのは、勿論、綾子と真砂子だ。 遠慮なく首筋に手を伸ばして、指輪を見つけだす。 「シンプルねぇ。物はいいみたいだけど」 「ナルらしいデザインですわね」 「‥‥‥‥‥‥く、首が締まるよぉ」 「もうちょっと我慢しなさい」 「黙ってた罰ですわ」 半泣きの麻衣を囲んで、綾子と真砂子は楽しそうに笑い合う。 その回りでは、手を出すことも口を出すこともできないジョンとリンが、苦笑を浮かべている。そして、その外れでは、固まったままの滝川が、誰にも構って貰えずに放置されていた。
「‥‥‥‥‥‥平和ですねぇ」
騒ぎを眺めながら、越後屋は笑みを浮かべる。 その笑みは眩しいほどに、爽やかだった‥‥。
---------- かくして、博士様とバイト娘の同居&婚約は、その日の内に遠くイギリスまで伝わり、さらなる騒ぎを引き起こすことになるのだが‥‥‥それは、また、別の話である。
その夜、都内のいくつかの飲食店で、浴びるように酒を飲む滝川と、珍しく付き合っているリンの姿があった。 リンが文句も言わずに付き合っているのは、事態を把握していながら、黙認してしまったことへの、わかりにくい詫びだったのかもしれないが‥‥‥‥‥‥。
「ちくしょおおおおおおお!」
深夜、路上にて、リンに担がれるように歩きながら絶叫する滝川にそれが通じるのは、遥か先のことになりそうである。
‥‥‥end
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