目を覚ましたら‥‥‥。
猫日和6
目を覚ましたら‥‥‥金縛りに合っていた。 指一本動かない。 その上、あらぬ所が、とっても痛かった。 「‥‥‥???」 なにがなんだか分からないままにイルカは周囲を見回す。 そこはいつもの自分の部屋ではなかった。 まったく知らない場所だった。 だが、なんだか、安心していた。 「‥‥‥???」 「あ、起きたんだ。おはよー。起きれる?」 「‥‥‥‥‥‥」 「しんどいなら、無理に起きなくていいからね」 とっても爽やかに語りかけるのは‥‥‥良く知っている人だ。 だが、こんな人だったろうか。 爽やか過ぎて。 胡散臭い。 「‥‥‥ん、可愛いねぇ。お水飲ませてあげるね」 いりません、と、拒否する前に強制的に水を口移しで飲まされて、イルカは目を白黒させた。ついでに、にゅるりと舌が入ってきて、あわあわ慌てた。だが、無駄に上忍の力を使って押さえ付けられて‥‥‥逃げるどころか抗議をすることもできない。 しかも、さわさわ、と、手が動く。 さわさわさわさわさわとあちこちを‥‥‥昨夜と同じように好き放題触られて、イルカはやっと思い出した。昨晩の、できればずっと忘れていたかった‥‥‥恥ずかしい時間を。 「‥‥‥あ、赤くなった」 「‥‥‥」 「‥‥‥あ、青くなった」 「‥‥‥」 「‥‥‥こらこら、蓑虫になっても、無駄無駄。ほら、顔出して。んー、可愛いねぇ。顔出さないと、下だけ剥くよ。頭隠して尻隠さず‥‥‥いいねぇ」 ものすごく嫌な言葉を囁かれて、イルカは慌てて顔を出した。 戯れ言だと聞き流したかったが、この上忍は、やる。 絶対に、やる。 無駄に上忍の力を使って、絶対に、実行する。 それが分かっていて蓑虫でいられるほどイルカは剛胆ではなかった。 「‥‥‥」 だが、顔は出したものの、イルカはカカシを正視できなかった。 顔を見たら‥‥‥。 どうしても昨夜のことを思い出してしまうのだ。 あの形の良い薄い唇が‥‥‥。 あの堅そうな感じのする髪が‥‥‥。 などなどが、ぶわわわわわ、と、甦ってしまうのだ。 だから、目を逸らしているのに‥‥‥。 顔を固定されて、顔中にキスされて‥‥‥。 ついでに、また、あちこちさわさわさわさわさわと好き放題に触られて‥‥‥なにもかもが台無しだった。 しかも‥‥‥。 「‥‥‥あー、気持ちいい。やっと、俺のモノになったんだね。嬉しいなー。毎日、ねぶり倒してあげるからねー」 「‥‥‥」 「‥‥‥まったく、あのじいさんの置き土産にはまいったよ」 「‥‥‥」 なんか言ってる。 ものすごく気になることを言ってる。 でも突っ込んで聞くと嫌な感じがすることを言っている。 さらには‥‥‥。 「‥‥‥なんで‥‥‥」 「んー?」 「‥‥‥なんで‥‥‥」 「んー、可愛いねぇ」 「‥‥‥なんで、まだ、生えているんですかっっっっっ!」 さわさわさわさわさわ触られる尻尾をびしばし振って、さわさわさわさわさわ触られる猫耳をぴるぴるさせて、イルカは叫ぶ。 絶叫だった。 「んー、可愛いし、いいんじゃない?」 「可愛くないし、駄目ですっ!」 「んー、でもねえ、あんた、それ、こんがらがっているよ。解くの面倒だからそのままでいなよ。可愛いし」 「‥‥‥」 意志の通じない我侭で傍若無人な男を、イルカは睨んだ。 なんとかしてくれないと本当に嫌いになってやる、という、決意を込めて。 「‥‥‥あー」 その決意が伝わったのか、猫のように目を細めてご機嫌だったカカシは、視線を外した。そして、しばらく、あーとかうーとか言っていたが‥‥‥。 「‥‥‥あー、もう、分かりましたよ。まったくずるいんだから‥‥‥」 なんだか良く分からない内に降参してくれた。 そして‥‥‥。 イルカが聞いてもいないのに、なんだか‥‥‥。 べらべらと‥‥‥。 「誤解がないように言っておきますけどね、本当に、この術を掛けたのは俺じゃあありませんからね。まあ、たぶん、あんたが不用意にひっくり返した術が中途半端に掛かったんでしょうねぇ。恐らくは、三代目が作った、試作品か、書き損じだったんじゃないですかねぇ。‥‥‥それが、元々あんたに掛けられていた術と絡み合って、こんな楽しいことになったんでしょうねぇ」 「‥‥‥元々?」 「あのじいさん、亡くなる前に、あんたに術掛けてたんですよ。まあ、正確には、俺限定の虫避けですけどねぇ。簡単に言えば、あんたの同意無しには突っ込めないようにされていたんですよ」 「‥‥‥」 「俺、じいさんに信用なくてねぇ。あんたを浚って監禁しないって誓約書まで書かされているのに‥‥‥まったく、用意周到な爺ですよ。お陰で、あんたを落とすまでは、突っ込めなくて‥‥‥もー、欲求不満で死ぬかと思いましたよ。嫌がるあんたを閉じ込めて体から落としてやる計画も台無しでしたしねぇ」 「‥‥‥」 「でも、まー、やっと、頑固なあんたも頷いてくれたし、これで、やっと、あんたをあんあん鳴かせてやれるんですよねぇ」 イルカは、惚けていた。 べらべらべらべらと隠していたことを話す上忍を見上げながら、惚けていた。 三代目のなんだかとっても有り難いけど情けない心遣いとかも、衝撃ではあったが、それよりも‥‥‥。 「ふふ、たっぷり可愛がってあげますからねー」 自分がしでかしてしまった事の大きさに、目眩がした。 「いつでもどこでも後ろの可愛いお口を濡らしてあげますからね」 可愛い可愛い可愛いと訳の分からないことを言う男は、こうなる前からやりたい放題していた。ただ普通に廊下を歩いているだけで、捕まって、暗がりに引きずり込まれたことは数知れず‥‥‥。深夜の受付所で、喘がされたことも‥‥‥数知れず。 だが、それを、この恥知らずは我慢していたと言うのだ。 「‥‥‥‥‥‥」 欲求不満だとほざいたのだ。 しかも‥‥‥。 しかも‥‥‥。 昨夜、あれだけしたのに‥‥‥。 なんか‥‥‥当たっていた。 ものすごく直視しずらいものが‥‥‥。 「‥‥‥ま、とりあえずは、復習しようか。慣れないと辛いしねぇ。また、裂けたら、舐めてあげますからね」 イルカは血の気の失せた顔で、ふるふる首を横に振った。 逃げようと足掻いた。 だが、逃げられない。 がっちりと腰を掴まれて、動けなかった。 「お仕置きに耐えたご褒美に、たっぷり可愛がってあげますからね。可愛くおねだりできたら‥‥‥そーですねぇ、尻尾だけは消してあげてもいいですよ」 極悪な笑顔を向けられて、イルカは絶叫した。 みぎゃーっっっと、猫が踏み潰されたような悲痛な声で。 だが、助けの手は現れない。 いままでイルカを守ってくれていた術は効力を喪った。 そして、そこに居るのは、極上のご馳走を目の前にしていながらも、ずっと、おあずけをされていたケダモノが一匹。 可愛い黒猫の運命は‥‥‥。 決まり切っていた。
穏やかな、気持ちの良い、猫日和。 周囲に癒しを与える黒猫は、その日、やっぱり、仕事場に姿を現さなかった。 次の日もやっぱり姿を現さなかった。 そして、次の日も。 流石にやばいのではと良心の呵責に耐えかねた者たちの視線を受けて、先代から黒猫保護をとりあえず引き継いでいる女傑は、笑って、巻物を一本見せた。 その巻物の内容を見た者たちは‥‥‥。 その後、黙して、決して、語らず。 三日後に現れたお肌はつやつやだけど、ぐってりしている猫に、海より深い哀れみの眼差しを向けたという。そして、誰も、誰も、だーれも、未だに生えている猫耳に関してはけっしてなにも問わなかった‥‥‥。
END
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