ある日、目が覚めたら‥‥‥。
猫日和1
ある日、目が覚めたら、猫になっていた。 しかも真っ黒な黒猫。 斑模様が欲しかった、などと、現実逃避を試みるが、逃げ切れず、イルカは、とりあえず、吐息を吐き出した。 そして、しみじみと、一人で良かった、と、思った。 イルカがそこまで落ち着いているのには、当然のことながら、わけがある。 なんとなく、あれが原因かなー、と、思い当たることがあったからである。 まあ、時間差があったので、目が覚めた時は、ひどく、驚いたが‥‥‥。 ある特定人物の悪戯かと慌てもしたが‥‥‥。 こんなことをしそうな人は、いま、任務に出掛けていて居ない。 ならば、別の原因が、と、すぐに気が付いて、落ち着いた。 後は、この猫姿をなんとかするだけである。 それだけである。 それだけ‥‥‥。 「‥‥‥‥‥‥」 猫イルカは、はたり、と、己の手を見た。 そして、試しに、チャクラを練ってみた。 「‥‥‥‥‥‥」 できなかった。 試しに、喋ってみた。 「‥‥‥フニャア、ニャア、ニャア‥‥‥ニァァァっっ!」 猫の鳴き声だった。 なんともにゃらなかった。 「‥‥‥‥‥‥」 猫イルカはしばし考えてから、とりあえず、台所に向かった。 腹が減っては良い考えは浮かばないよな、と、思いつつ、それが、素晴らしく現実逃避であることからは目を逸らした。
※
とりあえず、腹を満たしてから、イルカは、今後のことを考え始めた。 その周囲が、素晴らしく、ぐちゃぐちゃなのは‥‥‥気が付かない振りをして、ともかく、前向きに考えてみる。 猫が思ったより力がないことや。 牛乳パックが滑りやすいことや。 蛇口はやっぱり人間用だとか。 そういうことは、後、後である。 ‥‥‥俺って確か中忍だよな、と、自問自答したことも、後である。 まあ、とりあえず、それらは横に置いておいて、イルカは、つれづれ、原因であるようなことを思い出してみる。 そう、あれは‥‥‥。 『‥‥‥なんか色々とあるみたいでね』 五代目の呼び出しが始まりだった。 いろいろいろいろあったが里もなんとか落ち着いて、色々なことに目を向ける余裕ができてきた。その中で、倉庫というか、資料室とは名ばかりというか、けど、やっぱり、物置というか‥‥‥けど、誰にでも片づけさせて良いわけではない場所のことが持ち上がったらしい。 まあ、誰にでも片づけさせて良いわけではないのは当然だ。 倉庫といえど火影屋敷。 物置といえど火影屋敷。 そこを物置にした先代はえろ爺だったが火影。 術の開発で名を馳せた伝説の忍。 住んでいる忍のランクがランクなので、大したことはないと放置されている巻物一つで大騒ぎになる可能性はかなり高い。倉庫の片づけとして、下忍とかに任せたら‥‥‥どうなるか分かったもんじゃない。かといって、里が落ち着いたとはいえ上忍に任せられる仕事ではない。ならば、中忍で、火影屋敷に出入りしていたイルカに話が来るのは、実に、自然な流れだった。 だからイルカはあっさりと引き受けた。 片づけ程度ならば一日で終わるだろうと。 だが、そこは、イルカにとっては‥‥‥鬼門だった。 別に、とんでもない巻物が、ごろごろ転がっていたとか。 禁術が載っていたとか。 そういうことでは全然ない。 むしろ、どれもが、やはり、物置に転がっている程度の物で。 これなら見張りながら修行がてら下忍たちに任せても良かったかもしれないなどと、思える程度だった。 けど‥‥‥奥に。 なんだかそこだけ綺麗に整頓されている棚があって。 大切にしていたらしい痕跡があって。 それを見たら‥‥‥イルカはもう駄目だった。 そこには、懐かしい物がたくさんあった。 赤表紙の分厚いファイルはアルバムで、中には、小さいイルカがたくさん居た。 綺麗な箱の中には、小さい頃、イルカが三代目に渡したくだらないがらくたが詰まっていた。任務完了と書かれた小さな紙切れは、三代目の誕生日に渡した、なんでもする券で‥‥‥確か、肩叩きしたのだ。 そんな懐かしい思い出が、そこには、みっしりと詰まっていて。 ぶわりと広がって。 イルカを、駄目にした。 泣くな、情けない、と、思うのに。 だらだらと涙が流れ出た。 そして、はたり、と、気が付いた。 もしかしたら‥‥‥。 五代目は、これを知っていたから、イルカに整理を任せてくれたのかもしれない、と。そう思ったら、イルカの涙腺はますます緩くなった。 博打好きの困った人だが。 若作りなのに困ったことがあると年寄り扱いを求める困った人だが。 やっぱり、あの人は、火影なんだ、と、ものすごく感動した。 周囲で振り回されている同僚の愚痴が、脳裏から消え失せるほどに。 ‥‥‥と、感動していて、イルカは、つい、うっかりと、失敗した。 物置でも、火影屋敷。 腐っても、火影屋敷。 感動しても、火影屋敷。 偉大なのは確かだが困った所がある歴代の火影が住んでいた火影屋敷。 どんなに感動しても気を抜いたらいけないと、分かっていたのに。 --------ぼふんっっっ。 うっかりあっさり開いた巻物は。 なんだかごほごほげほがほ苦い煙を吐き出して。 手がかり一つ残さずに綺麗に消え失せた。 けど、まあ、その後、なんともなくて。 整理もとりあえず終わったので。 イルカは、いまのいままで、すっかり、忘れていた。 『‥‥‥イルカ先生は、うっかりさんだから心配なんですよねぇ』 最近、イルカの人権とプライバシーを侵害しまくっている男の言葉を思い出して、猫イルカは眉間に皺を寄せた。 上忍にはかなわなくとも、腐っても中忍。 うっかりさんなんて呼ばれるほど‥‥‥。 馬鹿じゃない、と、言うには、いまの状況はやばい、と、イルカははたりと気が付いた。そして、決意を新たにする。 なにがなんでも。 どうやっても。 あの男が帰って来るまでにはなんとかしなくては、と。 だって、予想できる。 ものすごく簡単に想像できる。 喜々として捕まえて、飼ってあげますよ、なんて、囁く姿を。 無茶苦茶リアルに。 「‥‥‥うにゃぁっっっ!」 頑張るのだ、と、気合いを入れて猫イルカは起き上がった。 腹が膨れてちょっと眠かったが、気合いで。 「‥‥‥‥‥‥」 だが、そんな猫イルカの前に難問が立ち塞がっていた。 イルカは忍。 腐っても中忍。 上忍にはかなわなくても抵抗せずにはいられない中忍。 ‥‥‥あっさりと破られると分かっていても、抵抗しないのは悔しいので、イルカの部屋の周囲には‥‥‥。 たんまりトラップが仕掛けられている。 戸締まりだって、ばっちしだ。 そこを、猫が。 チャクラも練れない猫が。 普通の猫が。 どうやって通れば良いのか。 「‥‥‥‥‥‥にゃあ」 とりあえず、猫イルカは、己の愚かさに疲れて、丸くなった。
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