獣の恋-6

 

 

 

 

 

 馬鹿な、ありえない、と、イルカは思った。

「‥‥‥イルカ‥‥‥イルカ‥‥‥ああ、なんて綺麗な目なんだ」

 後ろへの刺激だけで達することができた褒美に、イルカの目隠しは外された。

 久しぶりに視界が自由になった。

 そして、男を、男の顔を見た。

 綺麗な男だった。

 端正な顔立ちをしている。

 そして、薄暗い照明の光を照り返すのは、銀髪。嬉しそうに細められている目は、深い濃紺と赤。さらには、赤い目には、間違いようのない印があった。

(‥‥‥馬鹿な)

 自分を犯しつづける男を、イルカは、信じられない思いで見上げた。だが、驚愕する心とは裏腹に、馴らされてしつけられた体は、後ろへの刺激に従順に従い、男を喜ばせた。

「‥‥‥ああ、また、立ってきたね」

 そう言って、嗤う男は。

 その姿が嘘偽りでないのならば。

--------はたけカカシ。

 と、いう、名前を冠しているはずだった。

 イルカは、はたけカカシのことならば、知っている。

 少なくとも、幾度か話をしたことはあるし、飲みに行ったことさえあった。一度、口論になったことはあるが、謝罪したら、快く許してくれた。気さくな気取らない良い人だと思った。

 なによりも、あの、あの子を、一番最初に引き受けてくれた上忍師だ。

 感謝はいつでも胸の内にあった。

 だから、ありえない、と、思った。

 こんなことは、絶対に。

「‥‥‥また、後ろでいくんだよ。いっぱいいっぱい後ろだけでいくことを覚えたら‥‥‥もっとうんと気持ちよくさせてあげる。それまでは、ここは、いじってあげられないから、また、縛っておこうね」

 嬉しそうに、嗤いながら、手際よく、男は、イルカの乳首を縛り上げた。イルカを犯しながら、なんの戸惑いもなく、当たり前のように。そして、卑猥な水音をさせながら、イルカの内側を荒らす。

「早く、後ろに射れないといけない体になってね」

 憧れて尊敬していた強い男の姿で。

 イルカを、犯す。

(‥‥‥うそだ)

 イルカは、ようやく取り戻した視界を否定した。

 だが、耳元で囁かれる声は、確かに、彼のものと酷似していた。そして、微かに、微かに、微かに、漏れるチャクラの質も酷似していた。だが、目を開ける前は、似ていることにさえ、イルカは気づかなかった。

 それほどにありえないことだった。

 そもそも、彼は。

 彼ならば。

 いくらでも相手が居る。

 イルカなどを相手に選ぶ必要はないのだ。

 なのに、男は、嬉しそうに、延々と腰を振った。

 里の女の多くが欲しているモノで、イルカの中を抉り続ける。

(‥‥‥うそだ)

 イルカは、ずっと、否定しつづけた。

 揺さぶられ犯されながらも、ずっと、ずっと、ずっと、否定しつづけた。

 なにもかもが間違っている、と、否定しつづけた。

 

 

     ※

 

 

 良いことというのは重なるものらしい。

 カカシは、上機嫌だった。

 可愛いイルカが後ろへの刺激だけでいけるようになったことが、まず、一番、嬉しい。

 そして、頼んでいたものが、ようやく届いたのも嬉しかった。こだわり過ぎた為か、思ったより時間が掛かってしまったが、その間に、可愛く仕込めたので、丁度よかったし、なによりも、頼んでいたものの出来映えが気に入って、カカシは、仕事の遅さに文句をつけるのはやめた。

 ただ、いつもは無口で無愛想で、カカシの注文に顔色一つ変えない老人が、奇妙な視線を向けてきたことが、少し、気になった。それは、なんとなく、イルカを自分のモノにすることを認めされた時の、五代目の視線と似ている気がした。

 哀れんでいるような。

 そんな視線だ。

 どうしてそんな眼差しでカカシを見るのか、カカシには分からない。なんとなく気になるので、聞いてみようか、とも、思った。

 だが、暗部御用達と言っても良い腕利きの鍛冶屋は、元は忍びだったと聞いている。

 一時は暗部に身を置いていたとも。

 そんな経歴を持つ老人に尋ねたにしても、まともな返答など返って来るわけもない。

 カカシは、尋ねるのは、やめた。

 その代わりに、仕事の出来映えを褒めて、礼を言った。

 そして、注文していたものを、持ち帰って、早速、組み立てた。丈夫で小さくて可愛い檻は、あっという間に組み立てることができた。

 檻には、チャクラを流し込みやすい仕掛けがしてあって、術を掛けやすい。

 勿論、それは、イルカの為のものである。

 ここで、この中で、これから、イルカは、カカシを待つのだ。

--------ぞくり。

 ここから出してくれる唯一のカカシを待ち焦がれるのだ。

--------ぞくぞくぞく。

 背筋を喜びで震わせながら、カカシは、寝台の上で寝入るイルカを、嘗めるように見た。 そして、早速、可愛い人を、小さな、可愛い檻の中に入れることにした。

 

 

     ※

 

 

 気が付いたら、イルカの体は、自由に動かせるようになっていた。縛られていた圧迫感が無くなっていた。なのに、状況は、変わっていなかった。

「おはよう、イルカ」

 目が覚めたイルカに声を掛ける人を、イルカは、見返した。

 合間に、絶望的な仕切りを挟んで。

「今日から、イルカは、ここに居るんだよ。出ようとしたらお仕置きするからね。ちゃんとよい子で待っているんだよ」

 ここ、と、告げられたのは、格子の中だった。

 小さな檻の中に、イルカは、入れられていた。

 中には、寝台が運び込まれているだけの、小さな檻だった。

 立ち上がりある程度動くことはできるが、それだけの。

 いやだった。

 心底いやだった。

 だが、イルカに、選択肢などないことをイルカはすでに学んでいた。だから、両手が自由になったのに、付けられたままの猿轡にすら手を掛けなかった。

 イルカは、知っている。

 それを外さなかったということは、外しては駄目なのだと言うことを。

 男は、はたけカカシの姿をした男は、檻の中のイルカをしばし眺めていた。

 嬉しそうに楽しそうに見ていた。

 なにがそんなに楽しいのかイルカには分からない。

 分かりたくもない。

「よい子だね」

 なにもかも放り投げてしまいたかった。

 恐ろしい結論に達してしまいそうな予測さえもまとめて。

 もしも、もしも、いま、イルカの目の前に立つ男が、本物だったら。

 あり得ないと思いたいが、もしも、本物だったら。

--------もしかしたら‥‥‥。

 里は。

 里長は。

--------もしかしたら‥‥‥。

 考えたくない予想が、脳裏を走っていく。

 そんなことはないと絶叫したかった。

 けれど、里の中枢近くに関わっていたイルカは、目の前の男の貴重さと重要さをあまりにも良く知っていた。彼は、最高の忍びだ。間違いなく、いま、決して、失ってはならない忍びだった。里は復興しつつある。だが、忍びは、すぐには育たない。三代目と共に失われた忍びたちは、あまりにも多く、その穴を埋めることは容易なことではない。

 だから、いま、いま、もしも。

 彼が。

 はたけカカシが。

 イルカを、欲しい、と、願ったら。

 里は。

 里長は。

--------もしかしたら‥‥‥。

 ありえないと思いたい。

 だが、里の現状を顧みれば、当たり前だ、と、思ってしまう自分もいる。

 もしも、その対象が自分でなかったのならば、仕方ない、と、諦めてしまったであろう自分が居る。それほどに、男は、里にとって、重要な存在だった。

(‥‥‥違う)

 五代目は、そんな方ではない、と、イルカは思った。

 そもそも、目の前の男が、本物であるはずがない、とも、思った。だが、では、どうして、はたけカカシの姿を模しているのか。

 それが、分からない。

 意味がない。

 必要がない。

 わけがわからない。

「イルカ、可愛い、イルカ」

 格子越しに呼ばれた。

 イルカは、どうしたら良いのか分からないままに、男を見つめる。

「いまから任務だから、行って来るよ。よい子にしていてね」

 男は、ごく当たり前のように、にっこりと告げて、口布を引き上げた。

 そして、額当てを斜めに付けた。

--------はたけカカシが、そこに居た。

 イルカの良く知っているはたけカカシが、そこに、立っていた。

「よい子にしていてね」

 片方だけ出ている目を猫のように細くして、男は、告げた。

 そして、次の瞬間には、もう、居なかった。

 男は、出ていった。

 外に。

 イルカが戻りたくてたまらない外に。

 だが、果たして、外は、里は、イルカが戻って来ることを歓迎してくれるだろうか。

(‥‥‥分からない)

 なにもかもが分からない。

 イルカは、自分が、心身共に弱っていることを自覚した。

 男が居ない、今が、逃げ出す絶好の機会だとは思ったが、イルカには、逃げ出す気力も体力も無かった。底なしの体力と精力を持つ男に翻弄されて、心身共に疲れ果てていた。

 だから、檻の中に置かれたベッドに身を横たえて、目を閉じた。

 そして、馬鹿馬鹿しいことに、諦め悪く、これが夢だったらよいのに、と、思った。同時に、イルカの中の、なにかが、折れた。

 だから、イルカは、気づけなかった。

 初めから、なにかが、大きく間違っていたことに。

 どうしても、気づけなかった。

 そして、一時の、安らぎを齎らす、眠りの中へと、逃げ込むようにして、溶けていった‥‥‥。溶けていくしかなかった‥‥‥。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、あまりにも違い過ぎるがゆえのすれ違いは、合間に、ある意味真摯で情熱的な好意を挟みながらも、その想いが、正確に伝わることはなく‥‥‥決定的な瞬間が訪れるまでは、交差することなく、ただ、すれ違いつづけた‥‥‥。

 それは、とても、哀れで、哀しいことだったが。

 かつてケダモノの中のケダモノと呼ばれた男の、初めての恋は、誰よりも人らしい青年には‥‥‥。

 あまりにも。

 唐突で。

 理解しがたいモノだった‥‥‥‥‥‥。

 

 

 

 

 

 

 

 

了    

 

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