寵愛-2

 

 

 

 

 にこにこ笑う男の前に座って、イルカは、ご飯を食べていた。

 男は、カカシさんは、いつも、笑っている。

 そして、イルカの世話を、楽しそうにしてくれた。

 すでに、二人だけで暮らし始めて、三日が過ぎていた。

 しばらく一緒に暮らすと言われて、イルカは、不安だった。

 けれど、そんな不安は、すぐに消し飛んだ。

 そして、外に出られないかもという不安も、消えた。

 カカシさんと一緒であれば、イルカは、外に出ることができた。

 篭っているとよくないからね、と、お弁当を持って、外に出たのは昨日。

 そして、外に出て、驚いた。

 外には、緑が溢れていた。

 その中に、唐突に、家があった。

 深い深い森の奧だった。

 そこがどこの森なのかイルカにはさっぱり分からなかった。

--------木の葉の里は。

 どこだろうか。

 ふと、そんなことも思ったけれど、イルカには、分からなかった。

 ただ、なんとなく、不意に浮かんだ意識が。

--------‥‥‥らずの森。

 なにかを呟いた気がしたけれど、うまく捉えることができなかった。

 どちらにせよ、イルカは、いま、何一つ不自由を感じていなかった。

 むしろ、とても、良くして貰っていた。

 ご飯は美味しいし。

 特訓もしてくれるし。

 なによりも一人じゃないのが嬉しかった。

 お布団が一緒なのは少しびっくりしたけれど。

 ぎゅうっ、と、抱き締められて眠るのは気持ちよくて、最初は緊張したけれど、すぐに慣れた。

 ただ、不安なこともある。

 イルカは自分がどんな状況に置かれているのか。

 まだ、把握していなかった。

 なんとなく、なんとなく、なんとなく、もしかして、という想像はいくつも浮かぶのだけど、確信を持つことができなかった。

 何回か尋ねたけれど、もう少し待ってね、と、にこにこ言われると、それ以上は聞けなかった。でも、気になる。ものすごく気になって仕方なかった。

--------‥‥‥の迷惑にだけは。

 なりたくない。

 けれど、そう思う気持ちは、どこか遠くて。

 金色の光が頭の奧で瞬いた気がするけれど。

 分からなくて。

 哀しくて。

 切なくて。

 ひどく情けなかった。

「‥‥‥イルカ」

 なにもなにも悪くはないのに。

 うんと大事にして貰っているのに。

「‥‥‥泣かないで。どうしたの?」

 ご飯は美味しくて。

 穏やかな時間は嬉しくて。

 優しいカカシさんと、ずっと一緒に居られたらいいなと思うのに。

「‥‥‥ほら、ゆっくりでいいから話してごらん。隠し事は無しだよ」

 優しく抱き上げられて、頬を撫でられると、気持ちよくて、幸せだった。

 たった三日なのに。

 もうずっと一緒に居る気がした。

 なによりも、心の奥底が、嬉しがっていた。

「ほら、イルカ」

 優しい声が嬉しくて、申し訳なくて、イルカは泣いた。

 そして、泣きながら、ゆっくりと、訳の分からない光について話した。

 きんいろの。

 ひかりが。

 またたくと。

 胸の奥が。

 しくしく。

 しくしく。

 しくしく。

 と、痛むことも。

「‥‥‥可哀想に。‥‥‥もうちょっと後で教えてあげようと思ったけれど‥‥‥黙っている方が可哀想だね。あのね、イルカはね、本当は、もううんと大きいんだよ。でもね、良くない奴が、イルカに術を掛けて、小さくしてしまったんだよ。それでね、それはね、なんでかというと、イルカを小さくして悪いことをいっぱい教えて、手下にする為なんだよ」

「‥‥‥‥‥‥」

 イルカは、驚いた。

 けれど、納得した。

--------ああ、やはり。

 術のことなど良く知らないはずなのに、心の奥底が理解していた。

--------厄介な術を掛けられてしまった。

 と。

 けれど、同時に、不思議にも思った。

--------でも、なぜ、自分にそんな手間を‥‥‥。

 そう思うと、また、金色の光が、ちかちかと瞬いた。

 なにかが聞こえる気がした。

 遠くから。

 遠くから。

 遠くから。

 遠くから。 

 遠くから。

 遠くから。

『‥‥‥‥‥‥るか‥‥‥‥‥‥い!』

 遠くから。

 遠くから。

 遠くから。

 遠くから。

 遠くから。

 呼ばれている気がした。

 でも、思い出せなかった。

 どうしても。

 どうしても。

 思い出せなくて。

 頭が痛い。

『‥‥‥‥‥‥せん‥‥‥い!』

「大丈夫。俺が居るから、イルカはなんにも心配することはないよ」

 痛む頭を優しく撫でられると、ふうっと痛みが取れた。

 嘘みたいに。

「でも、ちゃんと知らないと不安だろうから、教えてあげる」

 床に下ろされて、服を、脱がされた。

 どうしてそんなことをするのか良く分からなかったけれど、イルカは、言われるままに手を上げたり、足を上げたりして、服を脱ぐのを手伝った。

 そして、いつものように仰向けに寝るのかと思ったけれど、今日は、違った。

「‥‥‥大丈夫だからね。心配いらないからね」

「‥‥‥」

 なんだかひどく恐ろしいことが起きる気がした。

 けれどそれがなんだか良く分からなくてものすごく怖かった。

「ほら、見てご覧」

「‥‥‥っっっ!」

 イルカは、見た。

 自分の体を。

 赤黒いなにかで気味の悪い訳の分からない模様をたくさん付けられた体を。

「‥‥‥ひぃっっ!」

「大丈夫。大丈夫」

「‥‥‥な、なにこれ‥‥‥」

「イルカがまだ術に掛かっているという証だよ。でもね、ほら、見てご覧」

「‥‥‥」

 右腕を指し示されて、イルカは、見た。

 右の指先は、色が、なんだか薄かった。

「薄くなっているのは術が解け掛かっているからだよ。小さい体だし、すぐに発見されたから、大丈夫、ちゃんと元に戻るからね。俺を信用して。これでも上忍なんだから、イルカのことをちゃんと守ってあげられるよ」

「‥‥‥」

「大丈夫。俺に全部任せて。なんにも怖くないよ」

 優しく優しく言い聞かせられて、抱き締められて、イルカは頷いた。

 まだちょっと怖いけど。

 きっと大丈夫だと。

 信じられた。

「‥‥‥良い子だね。イルカは本当に賢くて可愛いね」

 頷くと、うんと優しい声で誉められて、頭を撫でられて、気持ちよかった。

 そして、なんだか、眠かった。

 ご飯の途中だし。

 お話しの途中だし。

 眠ったら駄目だと思うのに。

「‥‥‥金色の光のことは忘れてしまいなさい」

 静かな声と一緒に、なにかが赤く光って。

「‥‥‥あなたにはもう必要のないものですよ」

 遠くから。

 遠くから。

 遠くから。

 遠くから。

 聞こえていた声が。

 消えて。

 遠くで。

 遠くで。

 遠くで。

 瞬いていた金色の光も。

 消えて。

 ただ、赤い赤い赤い深い深い夜が。

 すべてを。

 支配して。

「‥‥‥おやすみなさい。良い夢を」

 体中が暖かいなにかで包まれて。

 気持ちよくて。

 眠くて。

 眠くて。

 眠くて。

 もうなにも考えられなかった。

 

 

 

 

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