目を覚ますと‥‥‥‥‥‥。
寵愛-1
目を覚ますと、見知らぬ天井が見えた。 イルカは、警戒しながら、周囲を探った。 だが、危険な気配はしなかった。 同時に、どうして、警戒しなくてはいけないのか分からなくて。 --------混乱した。 なにかがひどくおかしかった。 間違っていた。 どこがどう間違っているのか分からないけれど。 ひどく、焦っていた。 帰らなくては。 そう思うのに。 でも、イルカは、もう、知っているのだ。 帰る家はもうどこにもないことを。 誰も居ない真っ暗な家を思い出して、イルカは、ひどく、哀しくなった。 大丈夫、平気、自分だけじゃない。 そう思うのに。 思わなくてはいけないのに。 --------哀しい。 哀しくて苦しくてどうしようもなくて怖くて。 どうしたら良いのか分からなかった。 「‥‥‥お腹空いた?」 なのに、声が響いて。 驚いて、混乱していて、どうしたら良いのか分からなくなって、イルカは、部屋の隅に飛び退いた。そして、そのまま、窓から逃げようとしたが。 --------ばちっっっ! 弾かれた。 --------結界。 しかもひどく強力な結界だと、イルカには分かった。 自分では、解除するのは難しい。 ならば、始末を。 --------自らの身の始末を。 「‥‥‥どうしたの?大丈夫だよ」 始末を、付けなくては、と、思ったのに。 どうしたら良いのか分からなかった。 なにもかもがおかしかった。 イルカは、また、混乱した。 そして、僅かに赤くなった手を、見つめる。 自分の手を。 僅かに赤くなった手を。 --------ちいさい。 そんなことを思いながら、どうして、そんなことを思うのか分からないままに。 「‥‥‥落ち着いて。大丈夫だよ」 どうしたら良いのか分からないまま、イルカは、はじめて、声の主をまともに見上げた。穏やかな声の持ち主は、イルカを見つめて、にこにこ笑っていた。 斜めに額宛を付けていて。 きらきら輝く銀色の。 うんと背の高い人だった。 --------知っている。 --------知らない。 その人の顔を見た途端、なんだか、不思議な気持ちになった。 知っている人なのに、知らない人みたいで。 知らない人なのに、知っている人みたいで。 不思議で。 でも。 なんだかほっとした。 なによりも、額宛に、そのマークにほっとした。 --------木の葉の忍だ。 それは、イルカにとっては、絶対の証だ。 でも、どうして、この人はここに居るんだろう。 どうして、自分は、ここに居るんだろう。 「んー。‥‥‥どこまで記憶が残っているかが問題だねぇ。小さくて可愛いけど、中は、どーかな。ま、とりあえず、自己紹介からね。俺は、はたけカカシ。あなたの保護を火影さまに頼まれて、任務でここに居ます」 「‥‥‥火影さま‥‥‥保護‥‥‥任務‥‥‥」 「そう。任務。海野イルカを保護して、掛けられた術を解いて、元の状態に戻すことが、俺の任務。時間はちょっと掛かるけど‥‥‥難しいことじゃないから、安心して任せてくれれば良いから」 にこにこ笑いながら言われて、イルカは、ほっとした。 大丈夫、と、思った。 この人なら、と。 どうしてそんなことを思ったのか分からないけれど。 ほっとして、頷いた。 「‥‥‥えと‥‥‥お願いします」 「はいはい。じゃあ、まずは、いまの状態を確認したいから、質問に答えてね。あ、その前に、ご飯にしようか。お腹空いたでしょう?」 問われた途端、イルカのお腹が、ぐー、と、鳴った。 それは盛大に。 「‥‥‥」 あまりのタイミングの良さに恥ずかしくなって、イルカは俯いた。 だが、銀髪の男は、からかったりせずに、頭を撫でてくれた。 「さ、ご飯にしようか。並べるの手伝ってくれる?」 「‥‥‥はい」 「卵焼きは、甘いので良かったかな。甘い卵焼き、好き?」 「好きです」 「味噌汁の具はなにがいい?一応、今日は茄子なんだけど。茄子、好き?」 「好きです」 「そっかー。好みが合うな。嬉しいな」 イルカも嬉しかった。 穏やかな空気も、なにげない会話も、なにもかもが。 泣きたいほどに懐かしくて。 たまらなかった。
※
豪華ではないけれど暖かい美味しいご飯を食べ終わった後、イルカは、いろんなことを尋ねられた。 年。 好きなモノ。 里の様子。 両親のこと。 火影さまのこと。 友達のこと。 家のこと。 そして、九尾のこと。 「‥‥‥ふむふむ。なーるほどね」 「?」 銀髪の男は、なにかに激しく納得しているようだが、イルカには状況がさっぱり分からなかった。そもそもどうして、こんな所に居るのかも。 ただ、時折、記憶と思考に混乱が現れるので。 --------尋常な事態ではない。 と、いうことは、理解していた。 だが、理解しているのに、それが、持続しなかった。 納得して理解している次の瞬間には、なにも分からない。 変で落ち着かない感覚が、波のように現れた。 「‥‥‥さて、じゃあ、次は、服を脱いでくれるかな。体の方も、どうなっているか確認を取らないといけないからね」 相変わらずにこにこ笑いながら告げられて、イルカは、服を脱いだ。 そして、言われるままに、仰向けになった。 少し、怖かった。 落ち着かなくて。 けれど、男の目を、見たら。 なんだか、ふうっ、と、楽になった。 赤い目が、ぐるぐる回っていて。 面白くて。 不思議で。 --------‥‥‥‥リン‥‥ガン。 そして、その目は、知っている気がした。 けれど、分からなかった。 「‥‥‥記憶の後退は予想範囲内だけど‥‥‥体の方はどうかな」 ぼんやりしていると、大きな冷たい手が、体のあちこちに触れた。 「‥‥‥多少、打ち身はあるけれど‥‥‥筋は痛めていないな」 「‥‥‥つめた‥‥‥い」 「‥‥‥ああ。ごめん。じゃあ、暖かくしようか」 冷たい手が、不意に、暖かくなった。 チャクラで暖かくしているのだと、分かった。 --------申し訳ない。 そんなことを思った。 けれど、そう思った気持ちは、ふわふわと溶けていく。 暖かくて気持ちよくて眠ってしまいそうだった。 「‥‥‥寝ても大丈夫だよ。寝ている間に、終わらせておくからね」 それはよくない、と、思った。 申し訳ない、と。 でも、もう、駄目だった。 「‥‥‥おやすみ」 安心して暖かくて気持ちよくて。 我慢できずに、イルカは、目を閉じた。 「‥‥‥ちゃんと治してあげるからね」 頬を撫でられながら。 ゆっくりと深く深く深く深く、夢の底へと。 落ちた。
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