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文章途中に()が入っていることがありますが、ルビが変換されているだけです。

同人誌本文ではルビになってます。 

 

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     1

 

 

 ある日、目が覚めたら、真っ白だった。

 なにが真っ白なのか良く分からないのに真っ白だと分かった。

 一生懸命思い出そうとしても真っ白だった。

 キオクソウシツ。

 不意に単語が浮かんだ。

 けれど。

 キオクソウシツ。

 ‥‥‥って、なに?

 良く分からないけれど、なんだか、どきどきした。

 わくわくしている?

 なんか違う。

 とりあえず頭が真っ白でどきどきするけれど、お腹が空いたので、起き上がってみた。

 周囲を見回しても、食べられそうなものはなにもない。

 なんてつまらない。

「起きたのか」

 そうして、ヒトが、一人居た。

 なんかあんまり近寄りたくないと思ったので、もう一回、寝てみた。

「‥‥‥なにをしている」

 そうしたら、怒られた。

 みしみし伝わる空気が、重くて、やな感じ。

 でも。

「‥‥‥なにか食べられるか?」

 あ、いいヒトかも。

「‥‥‥吐き気は?」

 あ、なんか、優しいかも。

 なんか嬉しくなって起き上がって顔を見つめたら、なんか、ものすごく、驚かれた。

 手が伸びて来て、頭を撫でてくれて、気持ち良いのに、なんか、痛い。

 なんかものすごーく戸惑っている?

 怒ってる?

 ぐるぐるしている?

 どっちでもいいからご飯食べさせて。

「‥‥‥お腹空いた」

「‥‥‥なるほど。許容量を越えて壊れたか」

 意味わかんない。

「馬鹿な奴だ」

 よく分からない。

 そんなことより。

「‥‥‥お腹空いた」

「‥‥‥現状を把握する気もないな。歩けるか?」

「‥‥‥歩きたくない」

「‥‥‥」

「‥‥‥でも、ご飯あるなら、歩く」

「‥‥‥」

「‥‥‥ご飯、ある?」

 お腹がぺこぺこでもうなんか気持ち悪くて、やな感じだった。

 ぐーぐー鳴っている。

「‥‥‥すぐに食べられる物はないな」

 なのに返ってきた答えは、ひどい。

 泣きたくなる。

「いま、取り寄せてやるから、待っていろ」

 あ、でも、やさしー。

「なにが食べたい?」

「おいしーの」

「‥‥‥」

「甘くてとろとろでふわふわなのがいいなー」

「‥‥‥分かった」

 なんだかちょっと疲れた感じで、優しいヒトが、部屋から出ていく。

 見送ると寂しくなったので、付いていく。

 もしかしたらなんか食べられる物があるかもしれないし。

「‥‥‥すぐに食べられるものを適当に見繕って持って来てくれ。ああ、そうだ。目が覚めた。あと甘い物を。たぶん、プリンとかでいいだろう」

 ぷりん。

 なんて素敵な言葉だろう。

 良いヒトだなーと思って嬉しくなった。

 でも、お腹空いた。

 プリンは別で。

 なにかないかなー。

「‥‥‥なにをしているんだ?」

 冷蔵庫を漁っていたら、後ろから声がした。

「‥‥‥お腹空いたから、なにかないかなーと思って」

 チョコ発見。

 バナナ発見。

 食パン発見。

 なので、食べている。

「‥‥‥」

 なにかおかしいのかな、と、首を傾(かし)げると、溜息が響いた。

 深々と長々と。

 なんかやな感じなので、発見した物を持って、離れようとしたら、腕を掴まれた。

 ぶんぶん振って離して貰おうとしたら、睨まれた。

「やっ」

「‥‥‥大人しくしていろ」

「‥‥‥」

 怖かった。

 なんか逆らったらいけない気がした。

 ものすごく怖かった。

 言うとおりにしなくてはなんか大変なことになる気がした。

「‥‥‥」

 とりあえず、頷く。

 隙を見付けたら逃げなくては。

 と、思っていたら、抱え上げられた。

「‥‥‥う?」

「逃げ出すつもりだろう」

「‥‥‥」

 ばれている。

「そんなことを僕が赦すと思うのか?」

 怒っている。

 ものすごく怒っている。

「忠告を無視して壊れた馬鹿には仕置きが必要だな?」

 無茶苦茶怒っている。

 無茶苦茶怖かった。

 だから、とりあえず、謝った。

「‥‥‥ごめんなさい。逃げません」

「信用できないな」

 逃げる気はまだたっぷりある。

 でも、そういえば‥‥‥。

 ドコニニゲレバイインダロウ?

 真っ白だ。

 なにもかも真っ白だ。

 なにもなにも分からない。

 このヒトはダレ?

 ここは何処?

 ワタシは‥‥‥ダレ?

「‥‥‥どうした?」

 なにもかもが怖くなった。

 なにもかもが消えた気がした。

 怖くて怖くて、ぎゅっとしがみつく。

「‥‥‥こわい。真っ白で‥‥‥こわい」

「‥‥‥やっと、現状に気が付いたか」

「‥‥‥こわい‥‥‥こわいよぉ」

「‥‥‥相変わらず鈍い奴だ」

「‥‥‥こわい‥‥」

 どうしたら良いのか本当に分からなくて、怖くて怖くて仕方なくてしがみついていると、背中を撫でてくれた。ぎゅっと抱き締めてくれた。

 あったかい。

「‥‥‥心配するな。僕が居る」

「‥‥‥」

「‥‥‥なにも分からなくていい。僕が教えてやる。だから、僕の言うことを聞け。逃げるな。逆らうな。‥‥‥良い子にしていれば、可愛がってやる」

 ほっぺたを舐められて、顔中にキスされて。

 優しい声で囁かれて、気持ちよい。

 だから、うん、と、頷いた。

「‥‥‥良い子にしてる」

 良い子にしていればうんと優しくしてくれる。

 それが良く分かったから。

 良い子にしてる。

 逃げないで。

 ちゃんと言うこと聞く。

「‥‥‥約束できるか?」

「うん、約束する」

 頷くと、良い子だ、と、誉められて、嬉しい。

 ねえ、もっと、頭、撫でて?

 ぐりぐり頭をすり付けると、撫でてくれて、嬉しい。

 だから、ちゃんと、覚えて置かなくては。

 逆らったら駄目。

 逃げないで。

 言うことを聞く。

 でも、それって‥‥‥。

「‥‥‥んと」

 なにかが頭の隅でぐるぐるしている。

 もうちょっとで引っかかる。

「‥‥‥どうした?」

 問い掛けるヒトは優しいけれど怖くて、ちょっと偉そう。

 そういうヒトは。

 なんて言うのかな。

『‥‥‥そこの喫茶店の制服が可愛いんですよー。それで‥‥‥なんて呼んでくれるらしくて‥‥‥』

 知らないヒトの声が頭で響いて。

 ぴったりはまる。

「ご主人様?」

「‥‥‥」

「言うこと聞いて逆らっては駄目なヒトはご主人様!」

 やっとすっきり。

 嬉しい。

 けど、ご主人様は、なんだか、固まっている?

「‥‥‥ご主人様?」

「‥‥‥おまえの頭の回路はどうなっているんだ?」

 さあ?

 見たことないからわかんない。

 そんなことより、なんか鳴ってるよ。

「なんか、鳴ってる」

「ああ、おまえの食事が来たな。‥‥‥ここで大人しく座って待っていろ」

「はーい」

 ぽすんと落とされたソファの上で、返事をすれば、優しいご主人様は、頭を撫でてくれる。

 うん。

 良い子にしてるよ。

 だから。

 うんと可愛がってね。

 でも、その前に、ご飯。

 ぷりん。

 ぷりん。

 ぷりん。

 大人しく待っていれば、ご飯が、やって来た。

 ぷりんも。

 しかもぷりんはみっつもあって。

 全部、私のだった。

 なんて素敵。

 でも、不思議なことが、一つ。

「全部食べていいの?」

「‥‥‥ああ、全部、おまえのだ」

「うわあい、ご主人様、だいすきーっっっっ!」

 どうして、ご飯を運んでくれた知らない大きなヒトは、驚いているの?

 なんで、私を、じぃぃぃぃぃぃぃっっって見るの?

 変なの。

「気にするな」

 でも、ご主人様がそう言うから、気にしません。

「うん。分かった。‥‥‥良い子?」

「ああ、いまのおまえは聞き分けが良くて可愛い」

 頭を撫でて貰って、ぷりんを食べて、ごちそうさま。

 幸せいっぱい。

 おなかもいっぱい。

 でも、なんかちょっと、かなしい気がするのは。

 なんでかな。

 ぷりんをもう一個食べたら。

 治るかな。

 

 

 

 

 

 

 

 ねえ、ご主人さま、教えて?

 

 

 

 

 

 

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ next‥‥‥buck