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 それは、確かに、異常事態だった‥‥‥。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 little little little-2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調査が、終了した。

 尋常ならざる雰囲気を抱えて、SPRの面々は、全力で仕事に取り組んだ。

 かくして、かつてないほどの早さで、調査は終了した。

「‥‥‥うにゃー」

 しかし、すかすか寝入る暢気な麻衣は‥‥‥。

「なんでだ?」

「なんででしょう?」

 まだ、みに、だった。

 小さなみに麻衣を囲んで、頭を抱えるSPRの面々‥‥‥。

 事態は、深刻さを増し‥‥‥‥‥‥。

「かわええなー」

「可愛いわよね」

「可愛いどすなぁ」

「可愛いですよねぇ」

 深刻さは、増さなかった。 

 深刻さなど、欠片も、無かった。

 依頼人の好意によってふりふりドレスを着せられた小さなみに麻衣は、殺人的に可愛く、仲間たちの理性を片端から壊していた。ましてや可愛いふりふりドレスは白で統一され、用意された毛布もふかふかの白。それにくるまって寝ているみに麻衣は‥‥‥もはや語ることが馬鹿らしいほどに可愛い。

 小さな手が、ちまちま動く度に、吐息が吐き出される始末である。

 異様な熱気だった。

 異常な団体だった。

 しかし、彼らに、おまえらそれでいいのか、という親切な突っ込みを入れる者は一人も居なかった。

 いつもならそこに冷淡な言葉を浴びせる黒衣の青年も、なにも、言わなかった。

 そして、それらを遠くから眺めていた背の高い調査員も、なにも、言わなかった。このままでは、みにのままである。絶体絶命の危機である‥‥‥と悟ったのかどうかは分からない。

 だが、とりあえず、事態は動き出した。

「‥‥‥おあよー」

 みに麻衣が起きたのだ。

「‥‥‥おなかすいたー」

 そして、周囲も動いた。

 わたわたわたわたわたわた、と。

「そっかー、お腹が空いたか、なにが食いたい?」

「なんか希望があったら聞いてあげるわよ」

 両親が尋ねている間に、すかさず、越後屋が菓子を差し出した。

 どこに持っていたんだおまえ、と突っ込みを入れる者は居ない。

 越後屋ならそれぐらい、と、皆は、すでに、悟っていた。

 しかし‥‥‥。

「クッキー食べはりますか?」

 善良なはずの神父が抜け駆けしては、黙っていられなかった。

「おやつはご飯の後よ!」

 母親の一喝は、凄まじい迫力に満ちていた。

 だが、漲る怒りは、すぐに、消えた。

「‥‥‥食べたらだめなの?」

「ちょ‥‥‥ちょっとならいいわよ」

 みに麻衣は顔を輝かせて、クッキーを受け取った。

 そして、礼儀正しくお礼を言った。

「きんきらのお兄ちゃん、ありがとー」

 さらには、越後屋からもチョコを受け取って‥‥‥。

「めがねのお兄ちゃん、ありがとー」

 

 

 

 

 

 

 周囲は、固まった。

 誰も、動けなかった。

 その間に、かりかりごっくん、とクッキーとチョコをたいらげる音が響いていた。そして、音が響き終わっても、誰も、動けなかった。

 だが‥‥‥‥‥‥。

「‥‥‥おかーさんは?」

 とりあえず空腹を満たして、周囲を見回した小さな麻衣に問い掛けられては、無理矢理にでも正気に返るしかなかった。

「‥‥‥おかーさん、どこ?」

 細い声で尋ねられた面々は、う、と詰まった。

 言えるわけがない。

 言えるわけがないではないか。

 麻衣の母親は‥‥‥。

「麻衣の母親は居ない」

 困り果てた面々を切り裂くようにして、黒衣の青年が答えた。

 なんてことを、と責める眼差しにも動じない。

「‥‥‥おしごと?」

「違う。麻衣の母親はもう帰ってこない。どこにも居ないんだ」

「‥‥‥‥‥‥」

 静かな声で語りながら近付く美しい青年を見上げて、小さな麻衣は、くしゃり、と顔を歪めた。

「だが、心配は要らない。麻衣には、新しい家族が居る」

 青年の言葉の先を予想して、憤っていた面々は、ほっと安堵の吐息を吐き出す。

 幼い子供に真実を告げなくても、とは思う。

 だが、それは、彼なりの優しさとも言えなくはない。

「‥‥‥あたらしいかぞく?」

 いまにも泣きそうな顔で問い掛ける麻衣に、ナルは頷いた。

 そうして、きっぱり、言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕が麻衣の新しい家族だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どすん、と、なにかが落ちる音がした。

 それは、部屋の隅で、誰かがなにかを落とした音だったが、誰も、振り返らなかった。足の上に落としたのに、心配さえしなかった。

 そんなことよりも、目の前の馬鹿をどうにかする方が先である!

「おま、おまえ!なに言ってんだ!」

「そうよ!なに馬鹿なことを‥‥‥」

 憤った面々は、また、固まった。

「‥‥‥‥‥‥」

 うるうる眼差しに見上げられて、そんなことを言っている場合でもなかったのだと思い出したからだ。

「麻衣、心配すんな。こんな研究馬鹿の家族にならなくても、俺が、ちゃんと育ててやるからなー。新しいパパだぞー」

「なに言ってるの。甲斐性無しが。麻衣、お姉ちゃんの家族になんなさい。大丈夫、両親をぎっちり脅して、養女にしてあげるから。そうしたら、家族がいっぱい増えるわよー」

「あら、姉ではなくて、母親の間違いではございませんこと?」

「なに言ってるの!私は‥‥‥」

 綾子は詰まった。

 いつもなら絶対にそんな役割は受け付けなかっただろう。

 だが、いまは‥‥‥。

 姉よりは、母親の方が、有利なのではなかろうか。

「‥‥‥そうね」

 綾子は、頷いた。

 面々は、満面の笑みを浮かべる綾子に、嫌な予感を感じた。

「麻衣。‥‥‥私が新しいママになってあげるわよ。美味しいご飯をいっぱい食べさせてあげるわよ。もちろん、おやつだって!」

 流石である。

 流石、餌付け上手な‥‥‥いや、料理上手な綾子様である。

 食い意地の張った麻衣の動かし方を、良く、知っている。

「‥‥‥」

 麻衣は、とりあえず、なにも、言わなかった。

 しかし、くー、と鳴った腹が雄弁に心情を語っていた。

「ず、ずるいぞ!パパは俺なんだ!絶対に譲らないからな!」

「あ、じゃあ、僕は、パパの愛人ですね」

「‥‥‥私は姉で結構ですわ」

「‥‥‥ぼ、僕は兄で‥‥‥」

 わいわい、と、なんだか楽しそうに揉める面々を、部屋の隅から、痛みを堪えて見つめる人物が居た。大いなる疑問と疑惑を抱えて。

 どうして、誰も、谷山さんの記憶を取り戻す話をしないのだろう。

 どうして、誰も、そのことを問題にさえしないのだろう。

 まさか‥‥‥。

 まさか‥‥‥。

 まさか‥‥‥。

 信頼できるはずの仲間たちを、大いに疑いつつ、とりあえず、リンは、足の上に落ちた機材を横に退けることに成功した。そして、深い、深い、吐息を吐き出して‥‥‥気付いてしまった。

 わいわい騒ぐ面々の中心で、中心でありながら放って置かれた小さな子供が、なんだか、不思議な方角を眺めていることに。

「‥‥‥‥‥‥うん。うん。分かった!」

 満面の笑みを浮かべて頷いた子供に、面々が気付いた。

「どうしたんだ?」

「麻衣?」

「まいは、きれいなお兄ちゃんとかぞくになるよ。そうしないとおっきくなれるほうほうをおしえてくれないって。まい、おっきくなりたいもん」

 面々は、固まった。

 部屋の隅でも固まる者が居た。

「‥‥‥‥‥‥待て」

「‥‥‥‥‥‥誰が」

「‥‥‥‥‥‥そんなことを」

 麻衣は、にっこり、笑った。 

「きれいなお兄ちゃんとおんなじかおしたきれいなお兄ちゃん」

 そうして、誰も居ない方角を指差した。

 

 

 

 

 

 

 

--------居るんか、そこにっっっ!

 

 

 

 

 

 

 面々が、その方角を、睨みつけたことは言うまでもない。

 かくして、異常騒動は、非常事態へと発展した。

 そして、小さな少女を敵の手に渡してなるものかと、両親たちは燃え上がった。

 ただ、そこに‥‥‥‥‥‥。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、なに考えてるのよ!そんな馬鹿なこと許されるはずないでしょう!」

「そうだ!こんな顔が良いだけの研究馬鹿に麻衣はやれん!」

「そうですよ。流石に、だまし討ちは酷いかと。まあ、こんな時でもなければ了承は取れないと思いますけどね」

「‥‥‥それは酷いですわ。まあ、でも、確かに‥‥‥」

「‥‥‥そうどすなぁ」

「ともかく駄目だ駄目だだーめーだー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緊張感は、欠片も無かったが。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

とりあえず終わり。

                    

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