sss 17
願うのは、いつも‥‥‥。 君の‥‥‥。 君たちの‥‥‥。
Pure-trick=純粋な企み
視線が、今日は、ちょっと痛い。 明るい笑みも、柔らかな声も、なにも変わらないのに。 ちくちく、なんだか、突き刺さるよう。 真っ黒な闇の中、ジーンは、ほんの少し、首を傾げた。 そうして、いつもと同じ、けれど、いつもとほんの少し違う少女と、目線を合わせた。 「麻衣、僕、どこか、変かな?」 「え?」 「僕はいつもどおりのつもりだけど‥‥‥どこかおかしい?」 闇の中、ただ一人で過ごすから、ジーンには、自分がどうなっているのか、分からない。あるいは知らない内に、変質しているのかもしれない。 --------考えることも、辛いことだけど。 けれど、それを知らないままで居るよりは、知っておきたい。 「‥‥‥いつものジーンだよ?」 「でも、麻衣、今日は、変だよね?」 「‥‥‥う」 「麻衣、隠さないで。僕は、平気だから」 こちらに残った段階で、気が付いた時点で、予測はしていた。 霊は変質する。 どう足掻いても。 あるいはそれを拒む為に、眠ってしまうのかもしれないが、それでも、死んでいても、時間は過ぎていく。ならば、変わらないわけがない。 「‥‥‥え、えと、えと、えええええと」 しかし、困ってます、と顔に大書きしてある少女の様子を見る限り、なんだか、違うようだ。真っ赤な顔は、困っていると言うよりは、恥ずかしい、という感じで‥‥‥‥‥‥。 (まさか) なにかあったのだろうか。 あの、研究馬鹿と! ジーンは、心中で、喜びの声を上げた。 目の前の少女と、残した片割れ‥‥‥この二人は、ともかく、ともかく、鈍い。 特に、目の前の少女は。 鈍くて正直ではない片割れでさえ、最近は、自分の感情に気が付いている。 そして様々な行動を起こしているというのに‥‥‥。 少女は、まったく、ちっとも、気付かない。 恐ろしいほどの鈍さである。 --------お願いだから、気が付いてあげて〜。 鏡の中で、そう叫んだことも、何度かある。 それに、とっても困ったことに、少女はもてるのだ。 本人はまったく気が付いていないが、真剣に、もてるのだ。 --------浚われたら、困る。 大切な大切な二人には、幸せになって貰いたい。 その為には、特に片割れには、少女が必要なのだ。 だから、寂しいとか、そんなのは、横に置いておいて、ともかく、さっさとくっついて欲しいのだ! 「‥‥‥麻衣、僕には、言えないことなの?」 未だに唸っている少女に、ジーンは、悲しげな顔をして問い掛ける。 その顔がどれだけ少女に効果があるか、自覚して、使っているのだ。 そして、心中では‥‥‥。 (‥‥‥知りたい。ものすごーく知りたい。さあさあ、早く、はーなーしーてー) 好奇心の塊と化して、叫んでいた。 だが、そんなことは少女には分からない。正直で素直な少女は、ジーンの思惑通り、困って、悩んで‥‥‥しばらく唸ってから、ぼそぼそと話し出した。 「‥‥‥‥‥‥」 話を聞いたジーンは、ちょっとだけ、泣きそうだった。 少女は、まだまだ、まだまだ、お子さまだった。 友達がキスを経験済みだと知って、驚くほどに。 ついでに、キスが挨拶の國の人間の顔を見て、そのことを思い出して、動揺してしまうほどに。 --------あまりにも、哀しいほど、お子さまだった。 これからも片割れは苦労するだろう。 いや、それどころか、二人が付き合うまで、一体、どれだけの時間が掛かるのか検討もつかない。 --------それは、とっても、困る。 よし、とジーンは気合いを込めた。 このままではいけない。 絶対に。 「‥‥‥ねえ、麻衣。じゃあ、ちょっと、試してみようか?」 「へ?」 少女が言葉を理解する前に、ジーンは、頬にキスを落とした。 途端、少女が、かちこちに固まる。 抵抗しないのを良いことに、ジーンは、また、頬にキスを落とす。 頬に、額に、柔らかな、キスを。 「本当は、もっと教えてあげたいけど、ナルに怒られるから‥‥‥」 真っ赤な顔で絶句している少女の耳元で、ジーンは、ゆっくりと、囁く。 少女が、片割れの思いに気が付くように、と願いを込めて。 「恋人のキスは、ナルに教えて貰ってね」 目を見開く少女がなにかを言う前に、ジーンは、少女を、帰した。 闇の向こうへ。 光ある場所へ。 片割れの居る所へ。 「‥‥‥早く気が付いてあげてね」 そして、闇の中から、願いを告げる。 本当は帰したくないと叫ぶ心を、闇に隠して。 ただ、ただ、二人の幸いを願った。
了
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