‥‥‥‥‥‥‥kakusi

 

 

 

 

 

SHOCK WAVE

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥ねえ、お見合しない?」

 唐突な発言に、場が、凍った。

 正確に言うならば、発言内容を理解するのを脳味噌が拒んだ。

 よって、その場に居合わせた者たちは、数瞬の沈黙を経て、なにごともなかったかのように会話を続けた。

「でね、そこのチョコケーキが美味しくて。店員さんの服も可愛くて、すごく良かったよ。ああいうの、一回は着てみたいな〜」

「あ、じゃあ、僕が手配しましょうか?もっと可愛いのもありますよ。お姫さまにメイドに猫耳‥‥‥なんでも揃いますよ?」

「‥‥‥や、安原さん?」

「ご希望があればなんなりとお申し付けくださいませ。ただし、後で、写真は撮らせて貰いますけどね〜」

 ひぃぃぃぃぃぃ、と麻衣が悲鳴を上げれば、隣の真砂子が安原を睨む。

 そして、一言。

「変態」

 安原は瞬殺された。

 素晴らしい一撃に、娘の危機に立ち上がろうとしていた滝川が拍手を送る。

「流石。素晴らしい」

 誉められた真砂子は、へばりつく麻衣に視線を流し、額をつつく。

「暑いですわ」

「‥‥‥冷たい」

「くっついて欲しい方は別に居ると思いますけど」

 滝川が、すかさず、両手を広げた。

「麻衣、おとーさんの所にかもーんっっ」

 あいつの所に行かれては困る、というオーラが滝川を輝かせていた。

 ちなみにあいつとは、お篭り中の博士様であることは言うまでもない。

 そして、現在、二人は、非常に微妙な関係である。

 付き合っているのか、と聞かれれば、首を傾げるような。

 かといって付き合っていないのか、と問われれば、さらに首を傾げるような。

 なんとなく一緒に居ることが多いよ、と答えたのは、麻衣である。

 なんとなくではなく策略によって一緒に居ることが多いのだ、とは相変わらず気づいていない。

 気づいたら終わりなので誰も指摘せず、なんとなく、そのまんま過ぎている。

 別名、蛇の生殺し月間。

 いつまで我慢が続くのか、というばれたら命に関わる危険な賭が裏で行われているらしいが、参加者名は秘密中の秘密である。

「‥‥‥ぼーさん、なんか変だよ?」

 賭参加中、死ぬまで我慢していろ状態の父親は、う、と詰まった。

「なななななな、なんにも隠してないぞ?」

 誰もそんなことは聞いていない。

 自爆王の名を欲しいままにする男の後頭部を、我侭女王の名を欲しいままにする綾子が、力の限り、叩いた。

「人の話を無視すんじゃないわよっっっ!」

 叫んで睨み据えた先には、麻衣と真砂子。

「人がせっかく、いーい話を持って来たのにっ!ともかく、話ぐらい聞きなさいよね。分かった?」

 気合いを入れた問いかけに、麻衣は頷いてしまったが、真砂子は鼻で笑った。

「そんなに良いお話でしたらご自分でどうぞ」

 正論である。

「それが、駄目なのよね」

 ふぅぅぅ、と吐息を吐き出した綾子が、さっ、と鞄から取り出したのは、どこからどう見ても見合い写真だった。

 本気らしい。

 冗談ではないらしい。

 麻衣は目を瞬き、真砂子は目を細め、滝川は叫ぼうとして蹴り飛ばされ、ゾンビとなった安原が目を輝かせた。そして、いままで一言も発言せずにいたリンは、所長室へと視線を流した。

「性格よし、顔よし、頭もよし、家柄もよし‥‥‥でも年下なのよね。けどせっかくの掘り出しものだから、どうかな、と思って」

 そんなことを言われても困る、と麻衣は困惑し、真砂子は硬い表情のまま、綾子を睨み付ける。睨みつけられた綾子は、ふふん、と余裕であしらう。

 女同士の火花が散るような睨み合いに、割り込む度胸のある者など居るはずもない。せいぜいが、こそこそと話し合うぐらいだ。

「‥‥‥あてつけか」

「‥‥‥あてつけですね」

 誰に対してなのかは言うまでもない。

 一ヶ月以内にくっつく、に賭けた女狐の作戦に、男二人は吐息を漏らした。

「‥‥‥相変わらず後先考えない奴だな」

「‥‥‥しかし、これは、やはり、お知らせするべきでしょうか」

「‥‥‥やめれ」

 近々進展あり、に賭けた越後屋は、にやり、と笑った。

「やめません」

 そして、すたすた、と所長室に近づき、すかーん、と転んだ。

 越後屋にあるまじき失態は、澄ました顔の美少女によって引き起こされた。

「変態は大人しくしていてくださいませ」

 越後屋は、またしても、ゾンビに逆戻りした。

 これが他の人間の台詞であれば、直球変化球隠し玉を自由自在に投げ分けて遊ぶ所だが、相手が、付き合い始めたばかりの恋人様では、ぐうの音もでない。

 ましてやようやくようやく念願叶って秘密裏に付き合い始めたばかりである。

 ここでご機嫌を損ねたら、今までの苦労が、水の泡である。

「‥‥‥‥‥‥」

 こんな楽しいことで遊べないなんて、と苦悩する越後屋を、止めようとしていた滝川は‥‥‥笑いそうになって苦しかった。

 しかし、笑っては、後が恐い。

 鬱屈をため込んだ越後屋を敵に回す勇気はない。

「ほらほら、写真ぐらい見なさいよ。良い男よ?」

 目の前に突きつけられた写真に、麻衣は、困惑しきった。

 当然だろう。

 見合いなど考えたこともなければ、いま現在、好きな人もいる。

 なのにいきなり見合いしろ、などと言われても困るだけである。

「優しいし、気配りはできるし、将来性も抜群よ」

 綾子が言うのならそうだろうが‥‥‥。

「でも、私は、いいよ‥‥‥」

「一回、会うだけでも会ってみたら?」

「いいって‥‥‥」

 

------------かちゃり。

 

 最高のタイミングでのご登場に、視線が集まった。

 どういう反応をするのか楽しみでなりません、という嫌な視線に、怜悧な美貌が剣呑に歪む。

「‥‥‥なにか?」

 問いかけには、誰もが、即座に否定した。

 だが、一人、否定するどころか、かちん、と凍ったままの正直者が居た。

 麻衣である。

 別に恐いわけではなく、ナルが聞いたらどんな反応するかなぁ、などと考えてしまった為、後ろを振り返れないだけである。

「‥‥‥麻衣、お茶」

「はいぃぃぃっっ」

 ばっ、と立ち上がり給湯室に逃げ込んでいく正直者の背に、吐息が重なる。

 仕掛人の綾子ですら、あまりに正直な、狙った通りの反応に、奇妙な後味の悪さを覚えていた。

 正直者に罠を仕掛けるのは簡単だが、純粋さゆえに罪悪感を募らせてしまう実例そのものである。

 しかし、綾子は、心を鬼にした。

 賭に負けたくない気持ちもある。

 だが、いつまでもいつまでも微妙な関係のままでは、居て欲しくないのだ。

 簡単に言えば、この甲斐性なし、さっさと白黒つけて、妹を幸せにせんかい、状態な姉御であった。

「‥‥‥それで、真砂子はどうよ?」

「‥‥‥」

 真砂子は、つん、と横を向いた。

「良い男だと思うけど?」

「興味ありませんわ」

「一回会ってみたら?」

「‥‥‥しつこいですわ」

 火花飛び散る会話を、珍しく、ナルが聞いていた。息詰まる奇妙な空気に気づいていたのかもしれない。そこに爆弾を落とすのは、いつもは越後屋である。

 だが、だが‥‥‥彼は、未だに、苦悩していた。

 本日、バイトが終わったらデートなのだ。

 余計な一言は、地獄の始まりである。

「‥‥‥松崎さん。無理強いは良くないですよ」

 息詰まる緊張感の中、低い声が響いた。

「‥‥‥お見合は押しつけるようなものではないでしょう」

 言った。

 リンが、言った。

 その一言を。

「谷山さんも原さんもその気はないようですし」

「‥‥‥そうね。でも、本当に良い人なのよ。あの人なら、絶対に幸せにしてくれると思うのよ。優しいし、気配りができるし、包容力があるし。寂しがりやな麻衣にはぴったりだと思うのよねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 数秒経過。

 数分経過。

 動きはない。

「お茶、お待たせ〜」

 お茶が来ても、動きなし。

 動揺なし。

 顔色も普通、気温も下がらない。

 そして、ナルは、お茶を飲み終わると、いつものように、さっさと所長室に戻っていった。

(‥‥‥おかしいっっ!)

(なんでだっっ!)

(信じられませんわっっ!)

 動揺を隠しきれない者たちを、越後屋が、余裕の表情で見回した。

 そして、同じ回答を得ているであろうリンと視線を会わせて、頷いた。

「‥‥‥さて、僕はそろそろ帰りますね〜」

 安原が胡散臭い笑みを浮かべて宣言すれば、リンは無言で立ち上がり、資料室に戻った。かちり、と鍵を掛ける音に気が付いて、安原は、さらに笑みを深くする。

「ささ、原さんも、ご一緒に避難致しましょう〜」

「‥‥‥避難?」

「はい、避難です。さささささ、美味しいケーキでもご一緒に」

 にこやかな笑みを浮かべながら、安原は、先ほどの瞬殺された情けなさが嘘のような手際の良さで、真砂子を連れ出した。

 あるいはあれは‥‥‥ただ単に、真砂子に構って貰う為に遊んでいたのかもしれなかった。

「‥‥‥なんなわけ?」

 その頃、滝川は、なんとなく察していた。

 そして苦悩していた。

   

 見合い。

 この一言には様々な情報が込められている。

 この些細なたった一言は、時に切り札として、時に脅しとして、時に最後の綱として使用される。だが、それは、その意味が分かる者のみに限られるのは当然のことであろう。

 見合い。

 この単語ほど、研究一筋な博士様から遠い言葉はないのではないか。

 きっと今頃、執着心も独占欲も自尊心も人一倍強い博士様は、見合いの意味を調べているに違いない。

 大方の予測は付けているだろうが、裏付けを取らない限りは言葉を発しない、いつもの彼らしい行動である。

 そして、その後に来るのは‥‥‥‥‥‥。

「‥‥‥ちょっと、ぼーず、説明しなさいよ」

「‥‥‥調べてるってことだろ?」

「‥‥‥なにを?」

 綾子は首を傾げて、しばし考えて‥‥‥。

「こら待て。逃げるな首謀者」

 鞄を掴んで逃げようとする綾子を捕まえて、滝川は唸った。

 そんな二人を、未だに分かっていない麻衣が、不思議そうに見ている。

「‥‥‥ちょっと、放してよっ!」

「煽った責任はちゃんと取れ!最後まで見届けろ!」

「やあよっ。あとで報告してちょーだいっっ」

 暴れる二人は、感じていた。

 ひしひし、と感じていた。

 所長室から漏れ出る、この世ならぬ恐ろしい冷気を。

 怒るだろう、とは分かっていた。

 だが、この感じは、かつて、あの、二度と味わいたくないと心底感じた時と、あまりに似ているのだ。

(‥‥‥切れてる!)

 絶対に、と滝川は確信して、背筋を震わせた。

(ぶち切れてるっっっ)

 綾子は、己の迂闊さを悔やんだが、時、すでに、遅し。

 

------------ぎぎぎぎぎぎぎぎぎ‥‥‥。

 

 素晴らしい効果音が、いっそのこと麻衣も連れて逃げ出そうかと考えていたおとーさんとおかーさんの耳に響いた。

 そして、地獄の釜は開かれ‥‥‥。

 その後の彼らの運命は定かではない。

 ただ、己の城に篭城し、きっちりと施錠して避難していた調査員は、助けを求める悲鳴のような声を聞いたらしいが‥‥‥詳細は不明である。

 

 

 

 

 

 みあい‥‥‥【見合い】1.互いに見ること。2.仲人などを媒介として、結婚しようとする男女が会って、互いに相手の容姿・性質などを見ること。

 

 

 

 

 

                           END

 

 

‥‥‥‥‥‥‥‥てんてんてんてんてんてんてんて