それは、いつも、身の内に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ざ波2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幼い子供を殺した。

 黒髪に、藍色の目をした、利発そうな子供だった。

 恐ろしさで泣き叫びたいだろうに、じっと、我慢して、大人たちに守られていた。そして、守っている大人たちが、すべて、殺されて、一人になっても、泣かなかった。

 血の匂いに埋もれて。

 殺戮者を睨み付けていた。

--------惜しいな。

 カカシは、正直に、その資質を認めた。

 幼いながらに、子供は、身の内に流れる血の意味を理解していた。

 けれど、幼すぎた。

 自らの身を守る術がない者は、どれほどの資質があろうとも、淘汰される。

 力こそすべて、などと、言うつもりはない。

 だが、力の無い者はあまりにも無惨に散る。

 散った幼い子供の死に顔を思い返しつつ、カカシは、夜を走りながら、ふと、その死に顔を‥‥‥力を求めて消えた子供に重ねた。

 あの子は。

 カカシに良く似た気質の、あの子は。

 あるいは、ああやって、死ぬべきだったのかもしれない。

 いや、死ぬべきなどと生温いことを言わずに。

 カカシ自らの手で殺してやるべきだったかもしれない。

--------分かってはいたのだ。

 あの子供は、あまりにも、バランスが悪かった。

 かつての自分のように。

 資質と可能性に恵まれて、けれど、心の成熟が阻害されていた。

 前を向く気持ちが、ねじ曲げられていた。

 そのことを、カカシは、良く、知っていた。

 分かっていた。

 あまりにも危ういと。

 あまりにも哀れだと。

 けれど、結局の所、カカシは‥‥‥見逃してしまった。

 殺して楽にしてやれず、止めてもやれず、さらなる苦境に追いやった。

 あの子供は、分かっている振りをして、本当は、分かっていない。

 あの子供は。

 力を求めて、すべてを、捨てたつもりで居るだろう。

 けれど、そうではない。

 そうではない。

 あの子供は。

 ただ、楽になりたかっただけだ。

 復讐の虚しさを説かれて揺れながらも強さを求めることを放棄した。

 人らしくありながら忍びであることの矛盾を抱えることを放棄した。

 それだけなのだ。

 そして、故郷を捨てた忍びは、もはや、人でなし。

 いずれは狩られて消えゆき哀れむ者も居ない。

 いや、その前に。

 狡猾だと知りながら手を取った蛇に食われて消えるのだ。

 その、資質と可能性だけに恵まれた体だけを残して。

--------哀れな。

 それは、あまりにも、哀れな終わり方で。

 カカシは、もはや、どうにもならないと分かっているのに、思う。

--------殺してやれば良かった。

 あの、利発そうな、尊い血筋に恵まれつつ、幼く散った子供のように。

 痛み少なく。

 殺してやれば良かった。

 そうすれば。

 もう、苦しむことも、哀しむことも、憎むことも、心乱されることも。

 なにも、なにも、無かっただろうに。

--------哀れな。

--------アワレナ。

--------愚かな。

--------オロカナ。

 あの子供は。

 故郷を捨てたあの子供は。

 これから、生きた分だけ、なにを捨てたか知るだろう。

 故郷は。

 どれほどに憎もうとも。

 己の原点。

 帰り着く巣。

 ましてや木の葉は。

 けっして、理不尽で冷たいだけの場所では無かったのだから。

 引力は、常に、強く、強く、絶えることなく、続くだろう。

 その呼びかけに応えることもできないのに。

 帰ることもできないのに。

 それは、なんて、哀れで、哀しいことだろう。

--------殺してやれば良かった。

 けれど、もう、すべては、遅く。

 いまは、なにも、できない。

 だから、いまは、帰ろう。

--------カエッテオイデ。

 あの子供が愚かにも捨てた呼び声に身を委ねて。

 心地よいさざ波に浚われて。

 帰ろう。

 里に。

 里に。

 里に。

 あの人の所に。

--------カエッテオイデ。

 幼い子供を殺しても。

 薄い胸板を貫いた感触を覚えていても。

 血塗れでも。

 どんな姿になっても。

 戻って来い、と、願ってくれる人が居る場所に。

 あの子供が、愚かにも、捨てた暖かい巣に。

--------カエッテオイデ。

 誰よりも早く夜を駆け抜けて。

 帰ろう。

「『‥‥‥ただいまー』」

 かつて憧れていた言葉を囁きながら。

 大切な人を抱き締めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 それが誓い。

 それが責務。

 それがすべて。

 愛しい人の殻をぶち壊し、頑なな心を手に入れる為に、人としての自尊心さえも叩き折るような愚行を行い、手に入れたのだから、絶対に、叶えなくてはならない約束。

 けれど本当は。

 そんな約束が無くとも。

「『‥‥‥泣かないで、イルカ先生』」

 帰るだろう。

 あの、愚かな子供が捨てた、暖かな雨を浴びるために。

 ただの肉の欠片となっても。

 暖かい甘いさざ波に乗って。

 帰るだろう。

 

 

 

 

 

 BACK

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地図

menuに戻る。