片思い

 

 

 

 にこにこと目の前で笑っている男は、野暮ったい。

 いかにも男らしい容貌で、女装しても決して女には見えないだろう。なのに、カカシの目で見ると、男は、可愛かった。

(これを可愛いとかって、俺、とうとう、いかれちゃったかねぇ)

 元々自分がおかしいことは分かっていた。

 だが、そもそも、忍、しかも、上忍なんて、おかしいものだ。その中でも、自分は、とびきりおかしいと、上忍仲間にさえ言われる始末。だから、いかれているのは分かっているが、さらに、いかれてしまったようで、なんだか、不愉快だが、愉快だ。

 適当に世間話をしながら、カカシは、頭の中で、目の前のイルカを裸に剥いた。

 そして、がんじがらめに縛り上げて、卑猥な格好をさせて、様々な性具で、いたぶり尽くす。勿論、最後は、カカシの一物で、昇天だ。

 けれど、それを現実にしたいと思いながら、カカシは、イルカに、まだ、手を出していなかった。勿論、抜かりなく囲い込んではいるし、手を出すなとあちこちに釘は刺してある。面白半分で手を出そうとした奴は、当然、ぼこぼこにして、戦地に放り出した。つまり、カカシは、本気だった。

 だからこそ、手を出さないで、考えていた。

 出会ってすぐに欲しいと思ったのに、もう半年も、考えていた。

「‥‥‥では、後で」

「うん。後でね」

 頭の中の欠片も漏らさず、抜かりなく飲みに行く約束を取り付けたカカシは、仕事に戻るイルカを見送った。そして、その、尻に、淫猥な玩具を入れて歩かせたらどんな顔で鳴くのかと考えて、にやりと嗤った。

(‥‥‥教室で、躾たら、楽しそうだねぇ)

 カカシの性癖は、完璧完全に、サドだ。

 相手のすべてを支配して跪かせないと満たされない。

 だから、勿論、イルカのすべてを手に入れるとカカシは決めている。

 当然、生殺与奪兼も、カカシのものだ。

 イルカが死ぬのなら、それは、カカシが決めることだ。

--------けれど。

 それを、いつ、どのように始めて。

 それを、どんな風に、楽しむのか。

 カカシは、決められなくて、少しだけ、困っていた。

 最初から恐怖と屈辱と服従を強いて、徹底的に壊すのも楽しいし。甘やかすだけ甘やかして精神的に依存させて、外界との接触を、自ら、断ち切るように仕向けるのも、楽しい。

(‥‥‥どうしようかねぇ)

 悩むのも楽しいが、そろそろ、決めたかった。

 

 

     ※

 

 

「‥‥‥で、どれがいいと思う?」

「俺に聞くなよ」

「丁度良く通り過ぎるおまえが悪い」

 人の意見などカカシは意味があるとは思っていない。

 ただ、なんとなく、前を通ったので、聞いてみただけだ。

 そして、勿論、聞くだけで、その通りにするつもりもない。

「鬼畜全開ハード系と、あまあま精神拘束系と、どっちがいいと思う?とりあえず、その二つに絞ったんだよね」

「‥‥‥人の意見なんか聞く気もねぇくせに」

「まあね。でも、アスマがなんて答えるかは少しだけ興味がある」

「けっ」

 髭熊は、嫌そうな顔をした。

「自分で決めろ」

 そして、答えることを徹底的に拒絶した。

「えー、参考にするわけじゃないし、いいじゃん」

「やなこった。おまえのことだから、俺と同じ意見はいやだから別の意見にするとか言いそうだからな。後味が悪い思いはしたくねぇ」

「‥‥‥」

 カカシはしばし考えて、ああ、そうだね、と、納得した。

 そういうことは言いそうだ。

「‥‥‥たくっ。イルカも運が悪いな。こんなケダモノに目を付けられて」

「ああ、それは、俺も、そう思う。でも、俺以上のケダモノは滅多に居ないから、いいんじゃないかな」

「なにがいいんだよ」

「あの人、頑固だから、飼い主が変わったら、泣くんじゃない?」

「‥‥‥」

「その点、俺は、獲物を奪われるようなことはしないからねぇ」

「どっちもどっちだな。‥‥‥ともかく、てめえで決めろ。おまえだって、俺が同じ事を言ったら、とっとと逃げるだろうが」

 髭熊が、同じ事を、言う。

 それは、なかなか、楽しい仮定の話だ。

 髭の片割れは、イルカのように、弱くはない。油断すれば、髭だって、危険な女だ。だが、もしも、あの女が、イルカのように弱かったら?

 そして、その女を、どうしたらいいか聞かれたら?

--------勿論、答えない。

 それは、当然の話だ。

 同族のケダモノ同士で獲物の取り合いは、馬鹿馬鹿しい。他人の獲物に興味が無いなら、徹底的に、関わらないことだ。ケダモノは、見境がない。興味があると勘違いして、襲って来たら、面倒だ。

 だが、それが分かっても、残念ながら、カカシは、アスマを逃がす気はない。

「うん。俺は、とんずらするだろうね。でも、聞きたいんだよねー」

「‥‥‥たくっ」

「ほらほら、答えてよ。姐さんに、過去をばらされたくなければ」

「‥‥‥ばらされて痛む過去なんざねぇよ」

「気に入った女を、抱き殺したくせに」

「‥‥‥」

「まあ、相手は、敵里のくのいちだから、殺すのは当然だけど、気に入っていた分、随分とえげつない殺し方をしたらしいじゃない」

「どこから聞いた」

「さあね。‥‥‥俺が、興味を持ちそうな話題だと思うと、あちこちから、頼まれもしないのに、教えに来る奴らが居るからねぇ。そいつらの内の一人だと思うよ」

「‥‥‥あいつらか」

「なんか、好かれてねぇ」

 カカシが抜けた里で最も深い闇は、どうしてか、カカシを好んでいる。そこに属している者達は、いつだって、カカシに喜んで貰おうと、一生懸命だ。

「‥‥‥普通に恋愛しろ」

「は?‥‥‥なにそれ、選択肢にないんだけど」

「てめえには一番難易度が高いだろうよ。できるもんならしてみやがれ」

「普通ってなによ」

「くくくく、そんなこた自分で考えろ」

 楽しそうに髭は嗤って、綺麗に、消えた。

 追うのも留めるのも容易かったが、言われたことが、面白かったので、見逃してやった。

「‥‥‥普通、ねぇ」

 普通ほど、カカシから、かけ離れているものはない。

 普通と言われたことなど一度もない。

 だが、だからこそ、確かに、難易度が高く、面白そうだ。

「‥‥‥普通、普通‥‥‥酒に媚薬仕込んで襲うとか?」

 それは普通じゃねぇ、と、教えてやる奴は、どこにも居ない。

「‥‥‥うーん、普通‥‥‥ああ、そうだ。イルカ先生に聞いてみよう」

 いいことを思いついた、と、カカシは、目を細めた。

 そして、真っ赤な顔でたじろぎながらも真面目に話してくれるだろうと想像して、覆面の下の口元を緩めた。

「‥‥‥きっと、それなら、喜ぶよねぇ」

 どうしていままで決められなかったのか、その笑みが、語っていた。カカシの決めた道では、イルカは哀しむと分かっていたから、選べなかったのだと。だが、ケダモノは、そんな些細なことには気付かないまま、楽しげに、獲物の元へと向かった。楽しいことを一刻も早く始めるために、イルカを連れ去る為に。     

 

 

 

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