告白
昔、まだ、獣の面を被っていた頃、女に言われたことがある。 「私、あなたのこと、けっこう、好きよ」 女は、同僚たちと比べても、際立って、忍らしい忍だった。 ゆえに、その言葉は、素直に受け取ってはならないものだったのだろう。 どれほどに鮮やかに笑われようとも。 どれほど意味深な眼差しに見つめられても。 けれど、カカシは、嬉しかった。 その言葉の裏にどれほどの意味があろうとも。 たとえば、次の瞬間に、くないが投げつけられても。 女は、美しく、強く、実に、忍らしい忍だったので。 くのいちの中でもとびきりの際立った存在だったので。 そんな女に、好かれて、気持ちが良かったのだ。 けれど、それは、恋愛感情など欠片もないもので。 ただ、そう、忍同士の、認め合いに等しいものではあったが。 「ありがとーね。俺も、あんたのこと、けっこう、好きだよ」 だから、カカシは、素直に言葉を返した。 だが、美しい女の整えられた眉は、どうしてか、歪んだ。 そして、赤く美しく整えられた唇からは、予想外の言葉が放たれた。 それが、どうしてなのか。 カカシにはいまいち良く分からなかった。 女は、くのいちの中のくのいちで。 忍らしい忍で。 カカシも一流だと認めずには居られない強さを誇っていて。 なのに。 女は。 「‥‥‥いやな男ね」 本当にものすごく嫌そうな顔をして、吐き捨てるように呟いた。 流石にそれはないだろうと思ったのに、女は、わざとらしく吐息を吐き出すと、凶々しいほどに赤い唇を歪ませて、言葉を吐き出した。 「‥‥‥前言撤回よ」 その時は、それがひどく不可解で不愉快で。 ああ、でも。 いまのいままでカカシはそんなこと忘れていた。 どうでもよかった。 けれど。 いま。 カカシは、あの時の女の気持ちが良く分かった。 そして、女がどれだけ寛大であったかを思い知る。 「‥‥‥俺も、カカシ先生のこと、好きです」 嬉しそうに笑って言葉を返す人は、なんて、罪深いのだろう。 いや、知らないのだから、仕方ないのだ。 そんなことは分かっているのだ。 彼は。 いま、自分が。 この場所から、彼を浚って、閉じ込めて、独り占めにしたい気持ちを押し殺して笑っていることを知らない。 『俺、イルカ先生のこと、好きですよ』 なにげない振りを装いながら、愛していると叫びたい気持ちを、忍らしく、押さえ込んで、語ったことを知らない。 だから、彼は、笑っていて。 当たり前のように好意を返してくれた。 そのことは、喜ぶべきことなのに。 --------ああ、壊してやりたいねぇ。 その素直な好意には裏がないと分かるから、苛立って仕方ない。 彼は、本当に、ただ、裏のない好意だけを抱いていると分かるから、むかついて仕方ない。その純粋な罪深さが、憎くて仕方ない。 そんなこと言っても無駄だと分かっているのに。 けれど、詰ってやりたい。 『‥‥‥前言撤回よ。鈍くて思いやりのない男は嫌いよ』 ああ、だが、そんな情けないことはしたくない。 ましてや、あの、強く、潔い女の真似も無理だ。 「‥‥‥カカシ先生?」 逃してやることなど、さらに、無理だ。 この罪深さを放置することも、不可能だ。 ましてや罪深さを親切に教えてやることもできそうにない。 愚かな。 愚かな。 愚かな人は。 愚かな。 愚かな。 愚かなままでいい。 愚かさに気付く必要もない。 ただ、掴まえて、落としてやるだけだ。 罪深さになど気付かせずに。 傷ついたことなど気付かせずに。 落としてやるだけだ。 さて、まずは、心配性で愚かな人を安心させて油断させてやろう。 さあ、俺、笑うんだ。 優しく暖かく包み込むように。 さあ、俺、笑え。 愚かな愛しい罪深い人を。 惑わす為に。 たぶらかす為に。 さあ、忍らしく、内面のすべてを覆い隠して。 さあ、笑え。
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