ある日、唐突に、気が付いた。
なごりの言の葉
ある日、唐突に、イルカは、気が付いた。 なんてことはない一日、いろいろあったがとりあえずは平穏な日々のある一日、その一瞬、目の前に立つ銀色の上忍が。 仲間を庇い傷ついては倒れては集中治療室にかつぎ込まれ。 部下と呼びながら子供たちを慈しむ人が。 --------特別だと。 たあいのない世間話をしていたはずだったのに。 たまたま出会った帰り道、本当にくだらない話をしていたのに。 ただ、それだけだったのに。 気が付いてしまったのは、なぜなのか。 イルカには、良く、分からない。 けれど、なんとなく、そう、なんとなく‥‥‥平和だからではないか、とは、思う。職業柄、日々、真実、平和など訪れるわけがない。一瞬後には、なにがどうなっているか分からない。 けれど、この、一瞬。 馬鹿話に、目を細めて聞いてくれるこの一時が。 たまらなくうれしく感じて。 途方もなく大切だと実感して。 だから‥‥‥気が付いてしまったのだ。 素晴らしく強く心も強い目の前の男が。 そんな気持ちを抱かせるほどに。 特別だと。 --------ああ。 気が付きたくなかったなぁ、と、イルカは心中で呻く。 顔は笑いながら心で嘆く。 嘆くのは当然で仕方のないことで叶わない思いだ。 目を細めて気さくに振る舞っているけれど、目の前の男は、特別な特別な特別な男だ。里の誇りで、里の宝だ。そして、同性で。 イルカごときがどう足掻いても手に入らぬ人だ。 手に入れてはならぬ人だ。 焦がれていることを気付かれてもいけない人だ。 --------ああ。 気が付きたくなかったなぁ、と、イルカは深々と心中で溜息を吐き出した。 そうして、いま与えられている、その、あまりにも幸福な時間を、しっかりと脳裏に刻んで置こうと思った。 「‥‥‥イルカ先生、あのですね‥‥‥」 「はい、なんですか?」 優れた素晴らしい人なのに。 どこまでも気さくに話しかけてくる人の姿を。 いついつまでも覚えていたいと願った‥‥‥。 少なくとも。 その。 時は。 けれど、続く言葉が。 すべてを、壊した。 「‥‥‥あのね、俺‥‥‥」
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