★文字の後ろに(ルビ)が入っていることがあります。

★原稿をテキストで流し込んだ為で、本ではちゃんとルビになっています。

★本ではA5/二段の書式となっています。

 

……………………………………

 

 

     

 

 

 ユメヲミタ。

 とても楽しい夢だった。

 私は、小さな生き物だった。

 青々と茂る葉っぱの間で、まどろんでいた。

 時折見える空はとても綺麗で。

 なにもかもが暖かくて心地よかった。

 ユメヲミタ。

 とても幸せな夢だった。

 私は、ゆっくりと、目を覚ました。

 暖かなモノに囲まれていた。

 私は、とても、小さな生き物だった。

 青々と茂る葉っぱの間で、待っていた。

 お腹が空いていた。

 ぴいぴいと鳴きながら待っていた。

 ユメヲミタ。

 私は、とても、小さな生き物だった。

 けれど、いまは、少しだけ大きくなっていた。

 私は、青々と茂る葉っぱの間を、通ろうとした。

 けれど、私は、行けなかった。

 行ったら駄目だと教えられたから待っていた。

 ユメヲミタ。

 私は、空を見上げていた。

 私は、翼を、広げていた。

 前を飛ぶオカアサンの後を付いて飛んでいた。

 私は飛んでいた。

 どこまでも。

 どこまでも。

 飛んでいた。

 ユメヲミタ。

 とても楽しい幸せな夢だった。

 仲間たちと一緒に美しい空を飛ぶ夢だった。

 ユメヲミタ。

 ユメヲミタ。

 ユメヲミタ。

 ユメヲミタ。

 ユメヲミタ。

 ユメヲミタ。

 夢を。

 夢を見ていたのだと、目が覚めて、気が付いた。

 

 

     ※

 

 

 意識の端に、耳障りな音が聞こえた気がして、彼は、意識を浮上させた。

 彼は、眠っていた。

 だが、彼の眠りは常に浅い。

 深くまで沈み込む夢は危険な為、彼は、恐らくは本能的に、深い眠りに落ちないようにしているのだろうと、自分のことを認識している。

 かといって、いつまでも浅い眠りで過ごすことは不可能だ。

 ゆえに、彼は、彼の眠りの為に最適な場所を用意して、周囲を遮断して眠る。

 最適な場所は、どこにでも作ることができる。

 彼は、世界を遮断する術(すべ)を持っているからだ。

 だが、

────………ピィピィ……  

 その閉じた世界のどこかで、あり得ない音が響いていた。

 鳥の、恐らくは、雛鳥の鳴き声だった。

 ありえない音、物珍しい音は、危険の兆しだった。

 少なくとも彼には。

 ゆえに、彼は、速やかに意識を浮上させて、周囲の状況を観察した。

 眠る前の彼の記憶通り、そこは、彼の自宅の寝室だった。

 何一つ異常はないように思われた。

 だが………

「………くふふふ」

 ただ一つ、異変があった。

 恐らくは、通常であれば、ささやかな、と、言えるような異変が。

「………くふ」

 麻衣が、彼が彼の領域(テリトリー)に入ることを許したただ一つの異物が、笑っていた。

 目を閉じて、幸せそうに、笑っていた。

 眠っていた。

 夢を見ているようだった。

 ひどく、幸せそうだった。

 だが。

────………ピイピイ………  

 どこからか危険を知らせる異物の音がした。

 たとえばそれの声の主が、小さな雛鳥だとしても、彼には、彼らには、恐ろしく危険なモノになりうることを彼は知っている。

 無防備に世界のすべてを許容しようとする寝汚い娘は、何度、それを教えても覚えようとはしないが、それは、彼が、生きていく為に覚えた必要な知恵だった。

 そして、彼と似た能力を持つ娘も、覚えなくてはいけないことだった。

 不本意な死を迎えたくなければ。

「………麻衣」

 とりあえず、彼は、呼びかけた。

 けれど、彼が認めた唯一の異物は、彼の声を聞き入れない。

 幸せそうな顔をして、彼の居ないどこか遠くの夢を見ていた。

 そして……

────………ピィピィ……  

 微かに開いた口から、鳥の鳴き声が響いた。

 人が真似たと言うにはあまりにもリアルな音だった。

 そもそも、麻衣には、そんな奇妙な特技はなかった。

 けれど、麻衣には、能力がある。

 それを介せば、奇妙な出来事も必然となる。

 だが、それには、なにかが必要だった。

 麻衣の能力を誘発する物体が。

 だが、周囲のどこを探しても、異変の兆しは見付からなかった。

「………くふふふ」

 彼女は相変わらず幸せそうに笑っている。

 あるいは、そのユメは、幸せなまま終わるかもしれなかった。

 だが、彼は、裏付けのない期待を安易に信じることができるほどに、愚かではなかった。そもそも、彼女が引き寄せた様々な厄介毎を思い起こせば、楽観視などできるはずもなかった。

 彼は枕元の携帯を手に取った。

 3コールで、相手が出た。

「リン。麻衣がユメを見ている。危険レベルはいまの所低い。だが、僕にも、幻聴が聞こえる。周囲の観察を終えたら、麻衣のユメに潜る。後の処理は任せた」

 相手がなにかを喚く前に、彼は、通話を切った。

 そして、幸せそうに眠る娘の服を、手早く、剥いた。

「………なにも変化はなし、か」

 くったりと力が抜けている麻衣の体は、彼が、覚えているままだった。

 白い肌に刻まれているのは、昨夜、彼が付けたキスマークと、噛み痕だけだった。

 念入りに全身を確かめて、彼は、息を吐き出した。

 そして、服を再び身に付けさせた。

 いつものことなので、その手際は淀みなく、素早かった。

 その間も、麻衣は、幸せそうに笑っていた。

「………相変わらず、危機感の無い奴だ」

 彼は、僅かな苛立ちを感じて、麻衣の首筋に噛みついた。

 かなり、強く。

 だが、麻衣の、寝顔は、変わらず。

「………くふふふ」

 笑ったままだった。

 麻衣は、痛みさえも感知できない深い眠りに落ちていた。厄介なことに。だが、相変わらず、その原因となるべきモノが見付からなかった。

 彼は、しばし、目を閉じた。

 そして、ほんの僅かな間に、ここ最近の麻衣の行動をすべて思い出していた。

 彼の脳裏には、麻衣の姿が、まざまざと甦っていた。

 彼は、必要ならば、その時、麻衣が、どう動いたか、なにを話したか、すべてを明確に記憶から取り出すことができた。

 麻衣の動きはいつもとなんら変わりがなかった。

 彼の寝室に引きずり込まれる前も。

 引きずり込まれた後も。

 何一つ。

 変わり無い。

 だが、麻衣は、眠っている。

 彼の領域(テリトリー)で。

 深い深い眠りに。

 なにかに誘発されて。

 引きずられて。

────………ピィピィ………

 あるいは、彼の知らない所で、なにかを拾ってしまったのかもしれなかった。

 だが、ならば、事務所で、麻衣と会っていた能力者たちが、気付かなかった説明が付かない。そう、それに、麻衣は、この部屋に入る前に、リンにも会っている。ましてや、ここには結界が張られている。

────………ピィピィ………

 ただ鳴くだけのおそらくはささやかな意識では。

 ここに、入れるはずもない。

────助けが無ければ。

 では、だれが、その助けを与えたのか。

 やはり、それは、無防備にすべてを許容する麻衣しか居なかった。

 しかし麻衣は眠っている。

 問い詰めることはできない。

 ならば……

 同調して、同じユメを見るしかない。

 リンが駆け付けるまでには、あと僅か。

 うるさく言われる前に片付けた方が良いだろう。

 後のことは。

────最悪な時も。

 リンが片付けてくれるだろう。

 ならば、惑う必要はないのだが………なにかが、気になった。

────………ピィピィ………

「………くふふふ」

 なにが気になるのだろうか。

 なにか。

 なにか。

 なにかを。 

 見逃している気がする。

 だが、なにを。

────………ピィピィ………

 鳥の鳴き声がうるさい。

 幸せそうな寝顔が面白くない。

────片付いたら、どうやって苛めてやろうか。

 そんなことを考えて、手を付いて、彼は、ふと、気が付いた。

 何一つ変わっているモノはない。

 確かに。

 表面上は。

 だが。

 中は。

『………その枕だと良く寝れるって………』

 情報が一致した。

 ナルは、麻衣の使っていた枕のカバーを剥いた。

 そして、自分のも。

 まったく、ばかばかしいことに。

 どうでも良かったから気が付かなかったが。

 中身が変わっていた。

(………馬鹿な奴だ)

 彼は、吐息を一つついて、麻衣に覆い被さった。

 そして、一気に、意識を、飛ばした。

 

 

     ※

 

 

 ユメを見ていた。

 とても素敵なユメを。

 青い美しい空を飛んでいるユメだった。

 とても素敵で、最高だった。

 なのに………

「………うえ?」

 目が覚めたら、なぜか、服を、剥かれていた。

 そして、満面の笑顔が、向けられた。

「おはよう」

 ついでに、麗しい朝のご挨拶も付いていた。

「………………え、えとえと、おはようございます…………………です」

 なんだかものすごく、いろいろと怖かった。

 なにか悪いことをしてしまっただろうか。

「麻衣、僕は、ここに在る物を構う時は必ず言うように言わなかったか?」

「………………………」

 なんでばれたのだろうか。

 絶対に気が付かないだろうな、と、確信していたと言うのに。

 だって、枕。

 枕、である。

 ナルが枕に興味があるとはとても思えなかった。

 それに、ものすごく良く眠れる枕の話しをした時も、ものすごくどうでも良さそうな態度だったし……

「さて、約束を破った悪い子には、どんなお仕置きが良いと思う?」

 ナルは、ものすごく、ご機嫌が悪いようだった。

 枕で。

 どうしてこんなに機嫌が悪くなるのだろうか。

 謎だ。ものすごく不思議だ。

 無気味だ。いや、それより、危険だ。

「………えとえと………あの………」

 どうにかしなくては、と、思って、麻衣は気が付いた。素晴らしいことに、朝、だった。出勤しなくてはならない、素晴らしい、平日の朝だった。今日が休みで無かったことに、麻衣は、感謝した。

「………えとえと………あの、ごめんなさい。あの、でも、ほら、もう、朝だし、お仕事だし………そ、その話しはまた後で………」

 とりあえず今日は、綾子の所に駆け込もう。

 いくら大好きな人でも、昨日の今日は辛い。

 その間に、ご機嫌がちょっとでも直ることを祈って、ともかく、逃げよう。と、麻衣は、決めた。

 だが、甘かった。

「リンには連絡済みだ。今日、僕と麻衣は休みだ」

「………ふえっっっ」

「心配せずに、大人しく、お仕置きされていろ」

 いやだっっっ、と、麻衣は叫びたかった。

 だが、出来なかった。

 にっこり笑って手を伸ばす美しい人が、あまりにも、怖かったので。

 手も足もまったく役に立たなかった。

「………な、なんで………」

 とても良いユメを見ていたのに、なんで目が覚めた途端に台無しなの、と麻衣はさめざめと鳴いた。

 正確に言えば、鳴かされた。

 

 

     ※

 

 

 18禁部分に付き、略。

 

 

     ※

 

 

 夢を見ていた。

 とても素敵な夢だった。

 青い空を自由に飛び回る夢だった。

 だが、夢は、夢だった。

 分かってはいるが、そんなことは分かってはいるが、これはちょっと酷(ひど)いのではないだろうかと麻衣は思う。

 いま、麻衣は、飛ぶ所か、歩くどころか、這いずることもできなかった。

 腰から下が、完全に、麻痺していた。

 もう、なにもかもがどろどろで。

 もう、なにもかもがだるくて重くて。

 指先一本動かすことさえ億劫だった。

(………なんでこうなるのかなぁ)

 そしてさらには、麻衣が購入して来た新しい枕は、処分されてしまった。

 理由は教えて貰えなかったが……

 なんとなく、なんとなく、いけないことをしたのだろうなぁ、という、ぼんやりとした認識ぐらいは麻衣にはあった。

 だから、もう、なんか、いろいろと諦めている。

 けれど、思う。ちょっとだけ思う。 

 確かに、なにか、駄目だった気がするけれど。

 それを言葉で教えて貰って反省するという道は、無かったのだろうかと。

 だが、麻衣は、それを、言わない。

 言った所で、論破されるのは、分かり切っている。

 もしくは、反省していない、と、言いがかりを付けられて、また、襲われてしまうだろう。

 それは嫌だ。本当に壊れてしまう。

(………あーあ………)

 麻衣は、深い、深い、吐息を吐き出した。

 そして、美しい青い空を思って、眼を閉じた。

 けれど、空を飛ぶ夢は、もう、見ることができなかった。

 

                    

          画面を閉じてお戻りください。