★文字の後ろに(ルビ)が入っていることがあります。

★原稿をテキストで流し込んだ為で、本ではちゃんとルビになっています。

★本ではA5/二段の書式となっています。

 

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 後悔はしていなかった。(過去形)

 しかし、でも……

 

 

     ※

 

 

 炭坑跡地での大掛かりな調査で、ナルは背中に怪我を負った。背中を刀でばっさりと斬られたのだ。もう少し深ければ死んでいたかもしれない程度には深刻な怪我だった。しかしナルは後悔はしていなかった。

 正確には、回避できなかったことを無様だとは思ったが、後悔はまったく感じていなかった。

 調査は終わり、麻衣は無傷だった。

 ならばそれでいいと思っていた。(過去形)

 しかし、退院して一週間が経つと、別の意味で後悔していた。

 退院したものの、傷口は綺麗だったが深かった為、ナルの怪我はまだ塞がっていない。完治には一月掛かるだろうと言われている。それを医者から聞いた麻衣は、完治するまではセックスはしないと断言して、実行した。 

 だからナルはいま別の意味で後悔していた。

 断言されても、宥めればなんとかなると思っていた自分を蹴りたい程には。

 勿論、ナルは麻衣の気持ちを理解している。

 ナルの怪我は麻衣の心に深い衝撃と傷を与えた。

 だからナルは、調査の最後の後始末に不参加という、大きな大きな譲歩をしたのである。後悔はしていないが傷つけてしまったことに関しては悪いと思っているのだ。そしてだからこそ、セックスは完治までしない、と麻衣が真っ赤な顔で宣言した時も、とりあえずその時は了承してしまった。麻衣が望むのならばそれでいいと思っていた。(過去形)

 だがいまは見通しの甘さを酷(ひど)く後悔していた。

 以前の、麻衣に触れて溺れるような快楽を味わう前のナルだったら、問題無かっただろう。だがいまのナルは、もう快楽を知ってしまっている。……つまりはナルはたった一週間で、深刻な欲求不満に陥っていた。

 その前から、調査中も麻衣に性的な意味では触ることができなかったことも重なって、現在、かなり煮詰まっていた。

 はっきり言って、麻衣が同じ室内に居ることが辛い。

 だが、麻衣とナルは、職場が一緒で同棲もしている。 

 寝室だって勿論一緒である。

 そうして麻衣は寂しがりなので、今回ナルを喪うかもという恐怖を味わったことも重なって、いつもよりナルにぴったりとくっついている。寝る時も、背中の傷には決して触れないようにしているが、くっついてくる。

────実に的確で効果的な拷問だった。

 麻衣にはナルを苦しめたいという意図はないことは分かっている。

 だが、実はまだ根深く怒っているのではないかと疑ってしまう程に、ナルにとってその攻撃は的確かつ重大だった。

(……そろそろなんとかしなければ)

 このまま突き進めば、この的確な拷問的攻撃は、ナルの理性を駆逐することは確実である。駄目だと制止しようとする麻衣を、無理矢理押し倒す日は近い。

 だからナルは考えていた。

 麻衣が買い出しに出掛けている間に、理性がぞりぞりと削がれずに済む束の間の時間に、真剣に切実に考えていた。

 

 

     ※

 

 

 蒸し暑い夏の終わりと共に、調査は終わりを迎えた。 

 そして、いま麻衣は束の間の平穏を、満喫していた。

 次の調査が始まるまでの、大学の長い夏休みが終わるまでの、一時の平穏は、涼しくなった気温と共に麻衣の機嫌を良くしていた。

 勿論、気がかりなことはある。

 前回の調査は、麻衣の大切な大切な、世界で一番大切な人に深い傷を与えた。いまでもその時のことを思い出すと、息が止まる。包帯を替える時に、その傷跡を見る度に、心が冷える。泣いて叫びたくなる。

 だが、すでに傷口がほとんど塞がっていること、文句を言いつつもきちんと療養してくれていること、傷が治るまでは絶対に次の調査を引き受けないと約束してくれたこと、色々なことが重なり合って、麻衣の嘆きを軽くしてくれていた。

────ナルは大丈夫。

 そんな当たり前のことを実感して、信じることができるようになっていた。帰宅した当初は季節の移り変わりに心を向ける余裕も無かったが、いまは猛暑の終わりを実感して過ごしやすい季節の到来を喜べるようになっていた。

「ただいまー」

 だが、秋の兆しを感じながら、ご機嫌で買い出しを終えて帰宅した麻衣は、びくりと肩を揺らした。

 タイムセールもがっつりと堪能してご機嫌な麻衣とは正反対に、留守番だったナルがかなり不機嫌だったからだ。いつものようにソファに腰掛けて分厚い洋書を読んでいるが、眉間の皺が深い。周囲の雰囲気もかなり悪かった。

「…………」

 買い出しに出掛けている僅かな間に一体なにが。

 冷凍物がある為、気になりつつも麻衣はとりあえずはキッチンへと向かった。そうして慌てて荷物を片付けてから、ナルに近付いた。

 出掛ける時と違い、リビングの空気は重い。

 久しぶりの重圧感であった。

(……えーと、どうしたらいいのかな?)

 ただいまと告げたのだからおかえりと言って欲しい。

 しかしそんなことを望むことさえ地雷な気がした。

 なんとなくだが、このまま避難した方が良い気がした。だがそんなことができるわけもない。

「……ナル、どうしたの?」

 其処に居るのは、不機嫌な魔王様だが同時に大切な大切な恋人である。

 誰よりも大切にしたい人である。放置などできるわけがない。なにかできることがあるならばなんでもしてあげたいのだ。

「…………」

 麻衣の問い掛けにナルは顔を上げた。

 そうしてじっと麻衣を見つめた。

 美しく鋭い眼差しに射抜かれて、麻衣はこくりと喉を鳴らした。

(……なんだろう、物凄く嫌な予感が……)

 目の前の有能にも程がある恋人が認めた野生の勘が、激しく警鐘を鳴らしていた。がんがんと頭痛がしそうなほどに、鳴り響いている。

 だがそれでも麻衣は逃げはしなかった。

(……まさか、なにか厄介な調査とかが……)

 いかにナルが有能だとはいえ、勿論万能ではない。断り切れない調査を押しつけられることも勿論ある。特に本部経由の調査は厄介だった。ナルが怪我をしていることを知っているまどかは厄介な調査を全力で排除しようとするだろう。しかしそんなまどかでさえも排除できない依頼が舞い込む可能性は決してゼロではない。

「決して怒らないと約束するのなら話してやってもいい」

「…………」

 あれと麻衣は思った。

 なんかちょっと違う気がすると。

 しかしその違いがなんなのか麻衣には上手く把握できなかった。機嫌は悪い。間違いない。なにかがあったらしい。それも間違いない。だがなんだろうなにかが違っていた。けれど違いがうまく掴めない。

(……怒らない? じゃあ、私が怒るようなことなんだよね?)

 戸惑いつつも麻衣はソファに座った。

 ナルのすぐ隣に。

 ナルはそんな麻衣を、じろりと見下ろした。

 早く応えろと目が語っている。

(……ナルって、結構、表情豊かだよね)

 表面上はいつもつんつんだし、あまり動かない。

 しかし慣れるとその眼差しがいろいろなことを語っていることが分かるようになる。そして麻衣には、いまのナルの眼差しは不機嫌だが……なんだか焦っているようにも感じられた。

(……本部経由の急ぎの調査かな? もしかしてもう引き受けてしまったとか?)

 あり得る話しである。

 しかしだがなんとなく違う気がする。

(……うーん……分かんないなぁ)

 少し考えてから麻衣は自分で答えを出すことを諦めた。ヒントが少なすぎる。考えるだけ無駄だと諦めた。

「……なんかちょっと嫌な予感がするんだけど……」

「約束するのかしないのかどっちだ」

「約束しないって言った場合は?」

「話すわけがないだろう」

「……だよねー。うーん……分かった。約束する」

 いろいろと条件を付けるべきかと迷ったが、麻衣は条件を付けなかった。たまに暴走してどうしようかと思うナルだが、根本的な所で麻衣はナルを絶対的に信用しているからだった。

 だが残念なことに……

「────────────」

 麻衣の予想のなにもかもが間違いだと、麻衣はすぐに思い知ることになった。

 

 

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★★★その後、いちゃいちゃしまくっている二人の話ですv

 

                    

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