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下巻はどこも上巻のネタバレになるので、一部抜粋という形にしています。 ご了承下さいませ。
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「ねえ、綾子、私って、マゾなのかな?」 他の仲間達が帰宅して、なんとなく居残ってお茶をしていた綾子は、爆弾発言をされて、ぶほっと紅茶を吹いた。そして、そのまま、げほがほと苦しんだ。 「‥‥‥あ、あんた‥‥‥いきなり‥‥‥なにを」 「綾子、行儀悪い」 「あんたがいきなり変なことを言うからでしょうが!」 「‥‥‥私、変かな、やっぱり」 麻衣は真顔で、なにかを納得しようとしていた。 なんだか物凄くやばい感じがして、綾子は、慌てて叫んだ。 「納得する前に、詳しく話しなさい! なんなのなんの話しなの!」 「ナルに変な提案された話ししたよね。それの。いまいち分かっていなかったけど、あれって、ナルなりの告白だったらしいと判明したんだけど。ナルって、ほんと、捻くれているよね」 「‥‥‥それは否定しないけど、その話しがなんでマゾなんて話しになるのよ」 なんだか嫌な予感がしたが、綾子は、聞かずにはいられなかった。 嫌な予感と気になるが、同列で大暴れしていた。 「最近、奇特な同級生とかに告白されたんだけど」 「へえ、見る目あるわね、そいつら」 「好きとか付き合いたいとか多分言われたんだけど、顔も覚えてないんだけど」 「‥‥‥‥‥‥」 綾子は、心中で、いたいけな青少年たちに心底同情した。 真顔で告げている麻衣のそれは、もてているからという虚栄心が一切無い、本音だと分かるからだ。 「どきどきしたりもしなかったし、だから、断ったんだけど。友だちなんかは、お試しでいいから付き合ってみなよとか言うけど、それって、失礼かなって思うし。でね、ナルがね、酷(ひど)いことを言ったんだけど。ナルに必要だから私にパートナーになれって。好きなんて一言も言ってくれなくて、甘さが欠片(かけら)も無かったの。でも、なんでか、凄く、心が揺れて、幸せな感じだったの」 「‥‥‥それって」 「変だよね。私」 「‥‥‥その前に、ちょ、ちょっと待って、え?」 「あ、そっか。綾子に言うの忘れてた。最初に言わないとね。あのね、ナルと付き合うことになった。彼氏とか恋人って言うより、婚約者らしいよ」 「‥‥‥待って」 からりと何事もないような顔で、告げられて、綾子は、あまりにもたくさんの突っ込み所があって、混乱した。 「らしいって、なによ、らしいって。いや、その前に、いつのまに、そんな話しになったのよ‥‥‥」 「んーと、目が覚めたら、ナルの家にいて、説得された」 「っっっ!」 「なんか騙し討ちされた気がするけど、あ、でも、ちゃんと、納得して頷いたよ。側に居たいって思ったし、なんか、一緒に居ないと、ナル、泣かないだろうけど、駄目になりそうだったから。でもさ、綾子、変じゃない? 俺様な告白に心がときめくのって、やっぱり私が、マゾだからかな?」 勘弁して、と、綾子は心中で叫んだ。 怒濤の展開に、綾子は、さっぱり付いていけない。麻衣が、いつもどおりだったから油断していた分、動揺が激しかった。それと、綾子は、気付いてしまった。 麻衣の首筋、服に隠れるか隠れないかというぎりぎりのラインに付けられた、痕に。いつもの麻衣なら、そんな所をどうやったらぶつけるの、どじねぇ、と、笑えるだろうが、いまの状況では、突っ込むのも怖かった。 だが、麻衣のお母さん的立場を自他共に認めている綾子は、流すこともできなかった。そもそもナルの俺様過ぎる告白には一言言いたくて仕方なかったのだ。 「‥‥‥マゾがどうかはおいといて」 「それ凄く気になるんだけど」 「あんた、ナルと寝た?」 「‥‥‥」 麻衣は、固まった。 そして、しばらくしてから、リトマス試験紙が染まるようにして、赤く熟れた。 「同意でしょうね?」 「‥‥‥う、うん」 「ならいいわ。‥‥‥まあ、寝込みを襲うほど馬鹿じゃないと思うけどね」 「うん。寝ている女を襲うのは趣味じゃないって。でも、起きた途端、押し倒すのもどうかと思う。何事かと思った」 赤く熟れた顔のまま、遠くを見やる眼差しで、麻衣はぼやいた。 「んで、ナルの告白の仕方が不満なわけ?」 「‥‥‥ううん。ただひたすらに、自分が不思議で。マゾだったのかと、酷(ひど)く、驚いているっていうか。でも、私、嫌なことを言われたり、痛いことをされるの大嫌いなんだけどな」 「あんたがマゾだと思ったことはないわね。‥‥‥うーん、なんか勘違いしているんじゃない?俺様発言に慣れちゃっただけとか。ナルのことが元々好きだったとか」 「‥‥‥うーん、よくわかんないな。自分の気持ちなのに、不思議だね」 「そうね。ま、でも、きっと、そのうち、分かるわよ」 「そうかな?」 「多分ね。まあ、でも、良かったわね。性格にちょっと難があるし、俺様告白には文句が言いたいけど、ナルは有望だと思うわよ。甲斐性もあるしね」 「あーうん。自分でも言ってた。自分を選ぶのがお得だって。選ばないのは馬鹿だって」 「自信家ね」 「ナルだから」 「‥‥‥そうね」 頷いて、綾子は、紅茶を一口飲んだ。 そして、そういえば、と、黒髪の美少女、ナルに恋している真砂子を思い出した。 「真砂子には言った?」 「ううん。‥‥‥そっか、真砂子の件があったよね。自分のことに手一杯で、ナルの攻撃に翻弄されて、全然考えてなかった」 「‥‥‥攻撃って」 真砂子のことを麻衣が忘れていたことが、綾子には、かなり意外だった。 だが、 「‥‥‥すぐに署名しろといきなり書類の束が目の前に置かれたり、自宅に帰りたいと言ったら却下されるし、なんだか物凄く高級そうなお店に連れて行かれてドレス一式作ることになったり、この事件が終わったらルエラたちに挨拶に行くとかって話しになっていたり‥‥‥どうしようって感じで、考える時間は全然くれないし、人の話聞かないし‥‥‥たった一日だけど、十年ぐらい経った気がする。それに、ナルが、なんか、偽物っぽくて怖い」 「た、大変ね。‥‥‥ま、真砂子の件は、もうちょっと落ち着いてから、話したら。黙っているのは良くないと思うけど、急ぐ必要もないし。でも‥‥‥」 「で、でも?」 「急がないと、ナルが当然の如くばらしそうな気も‥‥‥なんか、想像できて怖いんだけど。いつもの仏頂面で、皆が居る所で、婚約指輪とか無造作に渡して、周囲を阿鼻叫喚の渦に叩き込むとか‥‥‥」 「‥‥‥」 綾子だとて、まさかとは思いたい。だが、麻衣の話を聞く限りでは、もの凄くあり得そうだった。頭はいいが、物凄くいいが、どっかが世間ずれしているナルなら、あり得そうだった。 「‥‥‥ま、真砂子と、デートの約束を取り付けなくちゃ」 「そうね。早めのがいいわね。こういうのは」 真砂子は、きっと、哀しむだろう。 だが、麻衣が黙っていたら、もっと、怒るだろうし、哀しむだろう。 (失恋会でもやるかな) 綾子が、真砂子の好きな物を思い浮かべていると、麻衣が、ぼそぼそとなにかを言った。 「なんか言った?」 うまく聞き取れなくて綾子が聞き返すと、麻衣は、泣きそうな顔を、綾子に向けた。 そして、 「‥‥‥真砂子に嫌われたらどうしよう」 「‥‥‥」 「真砂子に嫌われたら、立ち直れないかも」 「‥‥‥」 「私、真砂子とはずっと友だちで居たい。真砂子、大好きだもの」 半泣きで、麻衣は、どうしようどうしよう、と、繰り返した。 そんな、真剣に半泣きの情けない顔の麻衣を見て綾子は思った。 この子の、この子たちの、こういう所が、本当に、可愛い、と。 女同士の、どろどろとした駆け引きがないのが、いいな、と。 だから面倒だと思っても、いろいろと手伝いたくなってしまうんだろうな、と。
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‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ →buck