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序
静かな、静かすぎる家の中で、小夜音は、ぼうっとしていた。 しなければならないことは多く、考えなければいけないことも多く、だが、何一つできないまま、ただ、ただ、座り込んだままでいた。 (‥‥どうして、こんなことに、なったのだろう) 小夜音は、一人だった。 正確には、独りになってしまった。 父も母も早くに亡くし、姉と二人で、寄り添い合うようにして生きて来たのに、その姉が、春の大型連休中に、死んでしまったのだった。 『お土産、楽しみにしていてね』 姉と小夜音が最後に交わした言葉は、ただ、ただ、明るかった。 連休を利用してフランス旅行に赴こうとしていた姉は、ただ、ただ、嬉しそうだった。久しぶりだから色々と見て回るのだとはしゃいでいた。素敵なお土産を買って来てくれると約束してくれた。 なのに、姉は、小夜音の唯一人の家族は、生きて帰って来なかった。 飛行機が墜ちたわけでもなく、事故に巻き込まれたわけでもなく、ただ、一人だけ、ホテルの部屋で、冷たくなっていたらしい。同室の友人さえも、異変に気が付かないほど、静かに、死んでしまったらしい。 ────そんなこと、納得など出来るわけがなかった。 小夜音の姉は、まだ、若かった。 三十代になったばかりで、持病も無い。 体調を悪くしていたわけでもない。 なのに、どうして、突然、死んでしまうのか。 ────けれど。 納得できない、いや、したくないと思っているのに、小夜音は、やはり、とも、思っていた。 小夜音たちが十代の頃に死んでしまった母の、あの、奇妙な言葉は、正しかったのだと。 『‥‥‥うちは、代々早死にの家系なんだよ。だからね、若い内に、好きなことを好きなだけしておきなさい』 『‥‥‥おばあちゃんはね、うちは、呪われているって言ってたよ。ご先祖様が、なんか悪いことでもしたんかねぇ』 『‥‥‥お祓いはして貰ったけどねぇ。どうかねぇ』 では、自分も、早死にするのだろうか、と、小夜音は思った。 それはそれで構わない気がした。 小夜音一人だけだったら、別に、それで、構わない、と。もはや、井上家で生き残っているのは、小夜音唯一人。家が絶えてしまえば、もう、呪いも消えて無くなるだろう。だが‥‥‥。 (‥‥‥どうしたら、いいの?呪いなんて、そんなの、どうしたら、いいの?) 姉の葬儀が終わり、小夜音は、抜け殻のようだった。 生きているのか死んでいるのか良く分からないような状態のままだった。 支えてくれて心配してくれる人たちは居たけれど、唯一人の家族が消えた穴は、どうしても埋まらなくて、ただ、ただ、ただ、哀しく、寂しかった。唯一人、誰も居ない世界に取り残されたように、感じられて。ただ、ただ、寂しかった。ただ、ただ、ただ、父に、母に、姉に、会いたかった。 呪いで死ねば、家族に会える。 ならば、それでいいのでは、と、思うほどに、願うほどに、寂しかった。 だが‥‥‥。 (‥‥‥なんとかしなくちゃ‥‥‥でも、どうやって?) 小夜音は、もう、呪いを甘んじて待っているわけにはいかない状態になってしまっていた。 小夜音自身が、どれほどに、家族との再会に、焦がれても、もう、駄目だった。昨日までは、それで、良かった。けれど、今日からは、もう駄目だった。分かってしまったから、知ってしまったから、駄目だった。 (‥‥‥せめて、この子が産まれるまでは‥‥‥) 小夜音は、まだ、少しの膨らみもないお腹に触れた。小夜音以外の命を抱えてしまったお腹を。 (‥‥‥でも、どうやって?) 子供は子供、自分は自分、自分の望みに、子供を巻き込むことは、小夜音には、とても、考えられなかった。呪いが本当ならば、子供も、また、子供の父親も、呪いに巻き込まれて、あるいは、不幸になるかもしれないが、それでも。 (‥‥‥この子だけは、助けてあげたい) 未だ産まれていない、けれど、本当の本当に最後の家族の為、小夜音は、ただ、必死に、生き残る方法を、考え続けた。 (‥‥‥この子だけは‥‥‥) ただ、ただ、母親の顔で、強く、願った。 (‥‥‥この子だけは‥‥‥) 助けたい、と。
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‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ →buck