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※この部分はブログにUPされていたお話しです。 改訂して再録しました。
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夕暮れ時、麻衣は、お気に入りの雑貨屋さんに向かって、歩いていた。 少し奥まった所にあるので、大通りから外れると、人気が無くなるが、住宅地だし、まだ明るいし、さほど、気にしていなかった。 けれど、不意に、足下を見て、驚いた。 酷(ひど)く近くに、影が、あった。 人の形の影が。 すぐ後ろに誰かが居るのかと、麻衣は、どきどきしつつ、そっと振り返った。 だが、誰も居ない。 (‥‥‥あれ?) なにかを勘違いしたのかと、麻衣は、足下を、再度、見て、笑った。 二つの影が、麻衣と同じ動きをしていた。 光源が複数ある時に起きる、ささやかな勘違いだった。 (‥‥‥うわ、ぼけぼけだ〜。誰にも見られなくて良かった〜) 苦笑しつつ、麻衣は、また、歩き出した。 勿論、影も、二つとも、付いてくる。 そして、光源の位置が変化したのか、不意に、影は、三つに増えた。 ごく当たり前のことだと分かっているけれど、なんだか、楽しくて、麻衣は、わざと、手を揺らしてみた。勿論、影達も、同じように、手を揺らした。 ────けれど。 一つの影の動きが、なんだか、おかしかった。 少しだけぎこちない感じだった。 ────あれ? 麻衣は、目の錯覚かな、と、もう一度、反対側の手を挙げて‥‥‥。 ────違う。 影が、明らかに、動きがおかしいことに、気が付いてしまった。 一つの影は、麻衣の動きについて来られず、あるいは真似しそこねて、反対側の手を挙げたのだ。それはもう、目の錯覚なんかでは説明できないことだった。 麻衣は、恐怖を抑えながら、背後を、振り返った。いつでも走り出させるようにしながら。 だが、背後には、やはり、誰も居ない。 けれど、影は、あった。 影だけが、あった。 「‥‥‥」 おかしかった。 異常だった。 背筋がぞくぞくした。 いますぐに駆け出して逃げ出して仲間を呼ぶべきだと思った。なのに、どうしてか、麻衣は、動いて、しまった。 足を、踏み出して、しまった。 理屈ではない、勘で、それが正しい、という、奇妙な確信に背中を押されて、影の方向へと、えいっと。 そして、麻衣は、不審な、影を、踏んだ。 仲間たちが見ていたら、どうしてそっちに行くんだ、と、絶叫しただろう。 だが、たぶん幸運なことに、仲間たちは側には居らず、仲間たちの絶叫は、響かなかった。 代わりに、影が、絶叫した。 人の声ではなく、なんとなく、獣じみた声で。 そして、霧散した。 「‥‥‥あれ?」 なにが起きたのか、麻衣は、良く分かっていなかった。踏んじゃったよ、どうしよう、という、感じだった。 「‥‥‥消えちゃった‥‥‥ような?」 うーん、と、しばし、麻衣は、悩んだ。 だが、悩んでも分からなかったし、大丈夫そうなので、予定通り、雑貨屋さんを目指した。 閉店時間間近だったし、セールだし、なんとなく大丈夫そうだったので。 そして、雑貨屋さんで、お目当てのラブリーな小物を、しっかりとゲットした麻衣は、帰り道で‥‥‥‥‥‥。 「‥‥‥とりあえず、いま、大変そうだし、報告は、明日でいいよね」 と、ご機嫌な気持ちのまま、楽観的に判断した。 それが、麻衣以外の者にとっては、かなりの、致命的な、大間違いであることには、微塵も、気付かずに。
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五月の連休前、綾子は、渋谷サイキックリサーチを訪れた。珍しく、相談事を抱えて、お菓子持参で。そして、入った途端、吐息を、吐き出した。 「‥‥‥よー、丁度良いところに」 「‥‥‥良くないわよ。麻衣、また、なにかやったの?」 「あー、まあな」 うっかりと巻き込まれてしまっていたらしい滝川は、うっかりと訪れた巻き添え二号に頷いた。 途端、 「なんにもやってないよ!」 威勢の良い反論が、返って来た。 「麻衣、おまえは、馬鹿か」 「馬鹿じゃないし、なんにも悪いことしてないし!なんで、こんなに、怒られるのかわかんない!ちゃんと報告したのに!」 「そういう問題じゃない」 「じゃあ、どういう問題なの」 睨み合う麻衣とナルを見つめて、綾子は、吐息を吐き出す。相談に来たのだが、これでは、しばらく、無理そうだ。 「‥‥‥ぼーず、ちょっと話しが」 「珍しいな」 「いま、相談事を持ち込まれて、困っているのよ。範囲が広すぎて、場所は特定出来ないし、捕らえるのも難しいし‥‥‥」 「へー、どんなんだ」 「最近、ここから少し離れた住宅街で、奇妙な怪談が流行っているのは、知ってる?」 「‥‥‥あー、それって、もしかして、影関連か?」 「そうなの。誰かに後をつけられていると思っても、誰も居なくて、影だけがある‥‥‥っていう話しなんだけど。どうもね、本物らしくて、遭遇した子が、結構な人数、熱を出したり、体調を崩したりしているのよね」 「‥‥‥あー」 「なによ、その顔。段々と被害が酷(ひど)くなっているから、笑い事じゃないのよ。名残りみたいな気配を感じたけど、結構、やばそうだったし」 「‥‥‥あー、いや、ほら、そっち見て見ろ」 「そっち?」 綾子が指し示された方、口論していた麻衣とナルを見ると‥‥‥。 麻衣が、どうしてか、泣きそうな顔をしていた。 「‥‥‥綾子の馬鹿ぁぁぁぁ」 「なによそれ」 「あー、麻衣が、それと出会ったらしいんだわ。昨日の夕方」 「あら、大変。‥‥‥でも、元気そうね」 「踏んだらしい」 「は?」 「たぶん、そういうモノだったんだろうな。麻衣が、影踏みの要領で、踏んだら、消えたらしい」 「‥‥‥はぁ?踏んだ?んな、いかにも怪しい影を、よりにもよって、踏んだの?あんた、馬鹿?」 「‥‥‥あー、でも、結果としてはな、それで、良かったみたいだけどな」 「‥‥‥結果はともかく、無謀っていうか、馬鹿っていうか‥‥‥」 「‥‥‥まあ、そう言うな。もう、散々、言われているし‥‥‥」 「‥‥‥あー、成る程」 綾子は、納得した。 そして、 「それなら、今回は、ナルが正しいわね」 「ひどっっ」 「常識的に考えて」 「ひどい〜」 「‥‥‥麻衣、それだけじゃない。どうして、すぐに、報告しなかった」 「だ、だって、ナル、たくさん資料届いて、大変そうだったし」 「そんなことは麻衣が考慮する問題じゃない。なんの為に、同じマンションに住まわせていると思っているんだ。なにかあったら、深夜だろうが、明け方だろうが、直接、報告しろ」 「‥‥‥で、でも」 「でもじゃない。判断するのは僕の責務だ」 「‥‥‥はぁい。次から気を付けます」 「間延びした返事はするな」 「はい。気を付けます」 物凄く不服そうに、だが、きちんと返事をした麻衣と、物凄くご機嫌斜めなナルを見つつ、綾子は、思った。可哀想に、と。 だが、それは、叱られている麻衣が可哀想だという意味ではない。 「‥‥‥ぼーず、あの天然、なんとかならないのかしらね。流石に、今回は、ちょっと、どうかと思うわ」 「‥‥‥無理だろう」 「‥‥‥よね」 可哀想なのは、ナルだった。 口下手で、態度が良くない、けれど、ある意味高速で空回りしているナルだった。 綾子たちには、分かっていた。 ナルは、麻衣の為ならば、寝ていようが、論文中だろうが、時間を割くと言っているのだと。 そして、麻衣の安全の為に、ごりごりごり押して、麻衣を、同じマンションの一室に住まわせているのだと。つまりは、麻衣が、特別で、大切だと。だが、それは、残念ながら、麻衣には、さっぱり伝わっていなかった。 「‥‥‥お茶、煎れて来るね〜」 いそいそと逃げ出した麻衣は、口うるさいな、ぐらいしか、思っていないのが、ばればれだった。 美形で天才な博士様に、綾子は、ちらりと視線を向けた。 博士様は、麻衣の後ろ姿を、見つめていた。 そして、深々と吐息を吐き出すと、滝川たちには一瞥も向けず、さっさと立ち上がり、所長室に入ってしまった。興味がない者には、本当にまったく興味を向けない、愛想皆無な態度は、いっそ、清々しいほどだった。 「‥‥‥麻衣、愛されているわねぇ」 「‥‥‥だよな」 「‥‥‥でも、気が付いてないわよね」 「‥‥‥だな」 綾子は、吐息を吐き出した。 滝川も、吐息を吐き出した。 「‥‥‥ま、とりあえず、厄介毎が片付いたみたいなのは助かるわ」 「‥‥‥そういうことにしとけ」 「‥‥‥そうね」 他人(ひと)の恋路は、関わると、馬に蹴られるしね、と、綾子は囁いた。 けれど、そう言いながらも、なんとなーく、放っておくと、いつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも平行線のままのような、そして、最後に、結局は、物凄く振り回されて巻き込まれるような、いやーな予感を感じていた。
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‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ →buck